ヒト初回投与試験のための安全性担保ーTGN1412のリスクは把握できていたのか?

こんにちは。田中@臨床薬理屋です。

記事を書いている側としても、お読みになっているみなさんとしても、時間がたってしまうと何をしようとしていたのかがわからなくなってしまうことがあると思います。今回はまさにそうです(笑)

復習をしましょう。TGN1412事件について現在取り扱っているのですが、前の記事で紹介した熊谷先生の解説論文を使って、もう一度事件のoutlineをさらってみます。

3月13日,英国北部に位置するノースウイック病院に併設された臨床試験ユニットで行われた初めてヒトへ投与を行う薬物の試験(first in man, FIM試験)で,実薬を投与された健康成人志願者6名全員が重篤な状況に陥るという事件が発生したものである.この6名は幸い生命を取り留めたものの,重篤な状態は長時間続き,回復した後も今後の悪性腫瘍の発生等が危惧されている.
試験デザインはプラセボ対照二重盲検ランダム化試験で,実薬6名,プラセボ2名,計8名の健康成人男子を対象に,0.1,0.5,2.0,5.0mg/kgの4用量を逐次ステップアップして安全性の検討を行う予定であった.その初回用量の0.1mg/kg投与を各被験者に2分ごとの投与間隔で行ったところ,実薬群と思われる6例全例が多臓器不全を発症し,施設からノースウイック病院のICUへ搬送された.出現した症状は,投与後60分程度で5名に頭痛,80分後6名に腹痛が出現,引き続いて嘔気,嘔吐,下痢がみられた.全例に急性の炎症反応(紅斑,血管拡張)がみられ,低血圧も伴っていた.ここまでの経過は非常に早いものであり,2時間以内にみられている.その後,熱発,呼吸不全,肺病変等が出現,1名は気管内挿管を受けている.この際の所見はNEJM誌に詳しく報告されているが,心原性のショック,アナフィラキシーショックとは明らかに異なっており,"Cytokine Storm"と呼ばれる病態の所見と一致していた.

ということでした。これは大事故です。少なくともこの事件あなたが知ったとして、もし家族が治験に参加すると言い出したら、素直に送り出すことなどできるでしょうか?

前回記事の冒頭で、僕はこのように言いました。

医薬品開発において重要なことは、この次のアクションのリスクの把握にあります。

何故そのリスクを予測できなかったのかを考察していく必要があります。

そして前回記事では、非臨床試験の位置付けとその結果を確認しました。もう一度熊谷先生の解説論文をここで引用します。

ヒト臨床試験開始の根拠となった非臨床試験データは,安全性薬理データ,単回投与毒性試験,反復投与毒性試験,薬物動態試験,トキシコキネティックスのデータである.生殖発生毒性試験は反復投与毒性試験で組織学的変化がないことから施行せず,遺伝毒性はこの化合物の特殊性から,意味のあるデータを得ることが難しいことを理由に施行していない.以上のデータからは明らかな毒性所見は得られておらず,カニクイザルにおける28日反復投与毒性試験(0.5~50mg/kg)で毒性所見がないことから…

とりあえずここで切りましょう。解説論文にもあるとおり、非臨床試験の結果からは特に毒性所見はなかったという結論が出ていたようです。

しかし、臨床試験では実際に事故が起きました。つまり、ガイドラインで定められていた非臨床試験はちゃんとやって、全く毒性所見がない、極めて安全な薬だという結論になったにも関わらず、初回投与で全員がICU行きになるわけです。

ここから僕ならこう考える、という話を偉そうにしますが、後からなら何とでも言えるという反論はあると思います。

ただ、この事件からの学びを前向きに生かすためには、そこまで考えられるようにならなければならないと思うので、自戒の意味も込めて、ここから先の考察を行いたいと思います。

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