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心のひび

もっと頑張れたかもしれないと思う。
ある意味では及第点ではあるけれど自分の中の何者かがそういうふうに言う。
ある視点でみれば及第点であったとしても自分のことは誤魔化せないからね。
全方向からみて及第点のほうが良いに決まってる。

とはいえよくやりました。おおむね頑張った。これでしばらくは身軽に生きられる。

起きたとき身体が痛かった。
そんなに疲れるようなことをしたかな。
したのかもしれない、でも痛くなるとは?
不正出血をしたりした。
なんの出血かわからなく、連休中だったので病院にも行けなかった。
#7119や病院の救急に電話をしたりした。
火曜日に病院に行き、一瞬ですべてを理解した。
わかった瞬間に謝ってしまったな。

とはいえ無事で何よりでした。
5か月くらいは心にあった。

次は何かと考えなくてもいい。
いつもいつも次はこれ、次は何かと頑張らなくてもいい。
いいだろうか?

母方の祖母は宇都宮に住んでいたのであるときまではよく出かけた。
栃木の家のおもてには大谷石がたくさん使われてある。蔵とかにも。
それは身近な光景だったけれどどこにでもあるわけではない。埼玉や東京にはない。
採掘場をみていろんな思いが去来した。
涙ぐみそうにもなった。ある種の風景や記憶は心に刻まれている。

きっとこんなことはもう2度とないのだろうなと思うことはもしかしたらまたあるのかもしれない。
でもその場ではこれが最後なのかもしれないと思う。
そんなことは夢にも思わずに最後を過ごしていることもあるのかもしれない。
いつもそのときにはそれはわからない。
本当にそうだろうか?

もらうばかりなのは落ち着かない。
そういうふうに思っていたのかもしれない。
結果としてそれは正しい判断だった。

何を言っているのだろうかな!

5年ぶりくらいに作品をつくり(作品とは)1人で演じることをした。
きっとそれはまたやりたいことのひとつだけれど、そんなことを思いついてさえしまわなければもっと楽に生きられる。
たとえばここに何かしかの文章を書くことはなんのストレスも生まないけれど、人前に立つことはそれとは比べようもないくらい身体に負担がかかる。
比喩や言葉のあやでなく血が流れたり後で痛みを感じたりする。

好きに過ごしていいよと言われたら映画をみたい。
旅行をしたりしたい。
自分のためのそのためだけの移動をしたりしたい。
春が待ち遠しい。

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