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My Perspective (日本語)

English Version: https://note.com/_rascal_/n/n3ddfcd594249

男女間の不平等に気づいたのはいつだっただろう。
最初に違和感を感じたのは、母親がどうしてもスカートを履かせようとした時。私は抵抗した。ヒラヒラすると遊びにくいから。

【帰国】
私の経歴について簡単に話すと、7歳の時日本からアメリカへ引っ越し、小学校・高校・大学(ミシガン州、アリゾナ州、ジョージア州と回った)に通った。その後24歳の時日本へ帰国した。
そこで初めて就職して日本社会での男女の扱いの違いについて体感することになった。

私は九州の英会話学校で働き始め、歓迎会を開いてもらった。歓迎会の最中、一人の生徒に「日本の文化を教えてあげよう」と「お酌」のやり方について説明され、お酌をやらされた。
これが初めて男女の扱いの違いについて「明確に」自覚した瞬間だった。それから、歓迎会での他の女性の立ち振る舞いを観察してみた。

サラダが来たら女性が取り分ける(もちろん男性優先)
焼酎の水割りは女性がつくる
女性は大きく口を開けて笑ってはいけない

明らかに女性のほうが気配りを求められていた(振る舞いに注意を払わなければならなかった)。

「こんなパーティ、どうやって楽しめっていうわけ?」

男女平等が社会の中で謳われていても、実際のところ、女性は「社会的な躾け」を通して徐々に人権を取り払われていく。
生まれ持っているはずの人権を取り戻し、性別を超えて人間としてどのような扱いを受けるかに重きを置いているのである。

ちなみに、ここで私が日本に帰国して経験した「日本文化」のリストも挙げてみよう。
・女性は職場で化粧をする。社会人としてのマナーである(研修資料に記載)
・歩道を歩いていると男性はまったく道を譲らない。必ず女性がよける
・バレンタインデー。贈り物は女性が男性にする。ホワイトデーはあるが、それは女性からもらったことが前提
・女性は前に出るべきではない。能力を見せるべきではない。(英語が話せることがわかると、主に男性の態度はガラリと変わる)

【反フェミニストの女性たち】
女性の中でも、フェミニストに対して「権利を求め過ぎるのは止めよう」と主張している人をよく見かける。
これは恐らく(1)女性フェミニストはレズビアンだ(2)フェミニストになるとブスになるというような偏見からくるものだろう。
フェミニズムは女性のセクシュアリティを取りあげるものではない。むしろ、美の表現に対して更なる自由を与えてくれるものである。

フェミニズムとはただ社会的、経済的、そして政治的平等を求めているだけである。
そして平等とは全ての女性が兵隊になれと言っているわけではない。選択肢を与えるものである。

サラダを取り分けるのは女性じゃなくてもいいじゃないか
焼酎の水割りは作りたい人が作ればいい
女性だって思いっきり笑うことだってできる

なぜバニラアイスだけで満足しているのか。チョコミント、キャラメルビスケット、ロッキーロードなどまだまだ選ぶことができるはずなのに。

前例がないのであれば、足を踏み入れてみよう。
社会が高みを求めるなと言うのであれば、私たちが頂になればいい。

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