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〜錦戸亮 LIVE TOUR 2022 "Nocturnal" 備忘録〜


錦戸亮が「錦戸亮」として新たな人生をスタートして4年目に突入した中で発売された3枚目のアルバム「Nocturnal」。

そんなアルバムを引っ提げた「LIVE TOUR 2022 "Nocturnal"」が始まるまで、まさかあんな光景が広がるとは、未練タラタラオタクの私の心境にこんな大きな変化が訪れるとは、私は想像もしていなかった。

このツアーを通して私が見たものを、感じたことを、そしてこのツアーで見受けられた錦戸亮の大きな変化を、ずっとずっと忘れないようにここに残しておきたいと思う。


きっとまた長くなってしまうので、お時間があるときに少しずつでもいいので読んでもらえると嬉しいです。



先ほども述べた通り今回のツアーはアルバムを引っ提げて行われたものであったが、独立後初ツアー「NOMAD」同様に参加者は皆アルバム収録曲を知らない状態でこのツアーはスタートした。

独立して少し時間が経った頃に発売された2ndアルバムには、色んなことを考える余裕ができたからこそ芽生え始めた亮ちゃんの心の葛藤や辛さ悔しさが感じ取れる曲が複数存在した。

それ故に、今回のアルバムにもまたやりきれないような気持ちになる曲がいくつかあるかもしれないなとそんなことを考えながら初日を迎えた。


学生や社会人泣かせな平日公演が大半を占めたこのツアーは、そんなど平日のど真ん中で、渋谷公演を皮切りにスタートした。


今回のツアーも一般枠が設けられていたものの、初日2日間の渋谷公演のチケットは早くに完売で、グッズ列も平日とは思えないような時間帯から物凄い行列になっていた。

物販発売開始時刻の4時間ほど前から大勢の人が集まり、会場を通り過ぎる通行人が「錦戸亮だって!」「人すごい!」と口々に話しながら通り過ぎていく光景も私は誇らしくて嬉しかった。


これまで何度も行われてきた独立後のLIVEやイベントでは、LIVEに使用するグッズとしてサイリウムが定番アイテムとして販売されてきた。
そんな中で、今回のグッズでは待望のペンライトが展開された。


ペンライト=アイドルのLIVEグッズというイメージが強いからこそ、私は正直もう亮ちゃんのLIVEでペンライトを振れるなんてことは二度とないだろうなと、そんな風に思っていた。
でもそう思っていた人は私以外にも沢山いて、アイドル時代の亮ちゃんをずっと応援してきた人が多いからこそグッズ発表時にはSNS上で喜びの声が溢れかえっていた。


しかし、ペンライトが新たに導入されたものの、独立後ずっと会場を彩ってきたサイリウムも同じくラインナップに含まれていた。
少し値段が張るペンライトに対してサイリウムは数百円で購入できることもあり、1日しか参戦できない人にとってとても手に取りやすいアイテムだった。


また、サイリウムには亮ちゃんの独立後の思い出がたくさん詰まっている人は少なくないはず。
馴染み深いペンライトを持ちたい人もいればここ数年で愛着の湧いたサイリウムがいい人もいる中で、そのどちらの気持ちも尊重してどちらも手に取れる環境を作ってくれたこと。
この細かな気遣いが彼らしくて、彼の運営さんらしくて大好きだった。


会場に入ると、そんな久しぶりのペンライトに胸を躍らせる人たちが購入したペンライトを開封し、点灯させるや否や嬉しそうに笑い合っていた。

とある公演でそんなペンライトの話題になった時に
「……Nocturnal…ペンライトって言うんかなぁ…🥺
そう呼んでいいものか少し遠慮しながら、
「みんなもう振り慣れてるもんなぁ☺️十何年とか?ずっと振り続けてきてくれるんやもんなぁ。何年とかの人もおるかぁ☺️
と、亮ちゃんがペンライトを振る真似をしながら嬉しそうに会場中を見渡していたことがあった。

私自身、亮ちゃんの脱退後にエイトのLIVEでペンライトを手にするたびに何だか懐かしくて恋しくてなんとも言えない寂しさを感じることがしばしばあった。

でもペンライトというものが私たちにとって慣れ親しんだ文化で、もうずっとずっと、ずーっと当たり前だったことも亮ちゃんはちゃんとわかっていてくれて。
そしてそんな当たり前は当たり前じゃなくなったけど、みんなの需要を汲み取りグッズ化してくれたことでまたペンライトを持ちたいという願いが叶ったのだ。


初日の幕が上がると、3階席までびっしり埋め尽くされた会場はペンライトとサイリウムの赤い光に包まれていた。
まるでディズニーランドのホラーアトラクションかのような演出から始まり、少し奇妙なメロディーとともにスモークの中から姿を表す大好きな人の影。


みなさんご存知の通り、亮ちゃんは自身の髭を剃ることを拒む。すごく嫌がる。

その理由が「髭剃ったら幼く見えるしなあたりどこまでも可愛い男なんだけども、そんなどうしても剃りたくない髭を剃った見た目の方が好きなファンが多いから、みんなが楽しみに待っていたツアー初日だから、かろうじてよ〜く見たら生えてる…?と気づけるくらいの薄いお髭にして登場した亮ちゃん。


嫌だけど、大事なお気に入りの髭だから完全に剃りはしないけど、でもみんなが喜ぶから限界まで薄くしてやろうというその葛藤が垣間見えて愛おしかった。
それはまるで、十五祭の円盤収録公演日のように。


初日はいつにも増して緊張していた様子だった亮ちゃんは、「今日はめっちゃ緊張してるから汗止まらへん🥺と最初の挨拶で照れながら汗を拭いて笑っていた。


その言葉の通りその日はずっと滝のように汗が流れていて、曲の合間に少しお話してくれる度に緊張を誤魔化すようにぎゅーーーっとギターを抱きしめながら客席を上の方まで見渡す姿がこれまたすごく可愛かった。

ギターの持ち方の既視感写真を発見したので参考までに。笑


このツアーで披露された曲の多くがまだ一度も聴いたことのないアルバム収録曲だったにも関わらず、初めて聴くはずなのにどれも不思議なくらい聴き心地が良くて、帰り道にはもう口ずさんでしまうほど。
錦戸亮の音楽というものは魔法のようにファンの耳に、脳に、スッと入り込んでくる。

そんな彼の音楽が私は大好きだ。


関西のおっちゃんたちに囲まれていた頃は、別に自分が喋らなくてもボケる人、突っ込む人、場を回す人、大声で笑う人、その全てが揃っていたから亮ちゃんはMCで頑張らなくてもよかった。
村上くんが話を振ってくれなければ下手したら一言も亮ちゃんの声を聞かずに終わるMCもあったくらいで、私はそんな村上くんの「亮は?」という魔法の言葉が大好きだった。

そんな環境にいたからこそ、独立して4年目に突入した今もなお亮ちゃんはMCの時間があまり得意ではない。

色んな話を持ち出して頑張っておしゃべりをするけど、やっぱりちょっとシーーンとしてしまうことがよくあって、そんな時亮ちゃんはいつも「てへへ〜っ☺️とひとまず照れ笑いしたり、「……元気ですか?🥺とこの決まり文句を問いかけてみたり、誰も何も言ってないのに「そっかぁ〜……🥺と相槌を打って場を乗り切る。

そんな姿が可愛くて可愛くて、あちこちから「可愛い……」という声が漏れてしまうのもいつものこと。

そんな時いつも思い出すのが、県庁おもてなし課の舞台挨拶で司会をすることになった亮ちゃんが「司会ってどうやるん?」と村上くんにアドバイスを求めた時のこと。

「たどたどしい亮を楽しむ方もいっぱいおるやろうから、上手にやろうとかキレイにやろうとか思わなくてええんちゃう?」

そんな的確なアドバイスをしながらも心配だった村上くんが「明後日やろ?大丈夫か?」と舞台挨拶が迫る中声をかけると「昨日3回台本読み直したと亮ちゃんは答えたそうな。
そんな姿を「めっちゃかわいいやん!」とラジオで笑って話した村上くんだけど、案の定当日噛みまくってしまいネットニュースでも小ネタとして扱われた亮ちゃんには「噛みまくってる亮が可愛いし愛嬌あるし触りたくなるから記事にされてるだけで、そこで亮が完璧にビシッとこなしてしまったら、面白味もないやろうしね。それもまた良いことや。」としっかり頑張りを褒めた上で甘々コメントを残していた。


村上くんの言う通り私たちは亮ちゃんに完璧なMCなんて求めていないし、上手く話せないけど頑張って話そうとしてくれてるその姿が、たどたどしくも一生懸命なその姿が、何よりも見たいものだったりする。


そして今回のツアー中、そんな苦手なMCで亮ちゃんはいろんな話をしてくれた。
嬉しそうに楽しそうに、関ジャニ∞にいた頃の話に何度も触れてくれた。



岡山公演が行われた倉敷市民会館でのこと。
「倉敷初めてなんですよねぇ。………あ、初めてじゃないか🥺 "一人になってから" 初めてですねっ😆
亮ちゃんはそんなことを口にした。
この倉敷市民会館は15年前の47都道府県ツアーの際に7人で立った会場だった。

あの場でパッと言葉を訂正したということは、きっとあの会場での公演が決まった時か、向かう道中なのか、あるいは会場についてからなのか、どこかのタイミングできっと7人で訪れたその日を思い出していたということ。

亮ちゃんの中であの場所にはどんな思い出があってなにを思い出していたのかそれは知り得ないけど、あの言い直した時の笑顔が全てを物語っていたと思う。



前髪があり派かなし派かというお話の時には、
「前にいたところでも団扇に前髪下ろしてとか書かれてたしさ〜🥺
とあの頃を思い出してぴぇんなお顔をしながら文句を垂れていた。
気にしぃな性格なだけあってその団扇の数々をずっと引きずっている姿もまた愛おしくて。

演奏中の楽しみ方の話になった日には、
「僕が前にいたところであった仰ぐものに顔ついてるやつを胸より高く上げちゃダメ!ってルールをまだみんな守ってペンライト胸元で振ってくれてるねんなぁ🥺何でそんな節度守ってくれるん🥺自由に楽しんでいいよ〜☺️
とニッコニコで顔団扇の話をしていた。


また別の日に、かっこいい時の歓声が「フゥ〜〜!」以外何かないかなぁとMC中考え始めた亮ちゃん。
「まぁでもみなさん『キャー!!!』で育ってきた方々ですもんねっ😆
そう言うと、アイドルに向けられる黄色い歓声のことを、自分が受け取ってきた黄色い歓声のことを、これまた嬉しそうにニコニコ笑顔で思い出しながら会場を見渡し微笑んでいた。

これまでのツアーでも、好きな色の話で不意にメンバーカラーをもとに彼らの話をしたりちょっと触れてみたことは何度かあった。
でもこんな風に何気ないふとしたお話から当時の話になり、それを何の躊躇いもなく嬉しそうにニコニコ笑って何度も何度も話してくれたのは今回が初めてだった。

「大きな事務所」「前にいたところ」とこれまでずっと濁して事務所を表現してきた亮ちゃんが、このツアーでははっきりと「ジャニーズ事務所」と口にしたこともあった。

きっと誰もが目に浮かぶであろう、亮ちゃんがメンバーを見つめていた時のあの何とも言えない幸せそうな顔は他の誰かに引き出せるものではなかった。
親友のじんじんと話しているときの亮ちゃんも楽しそうニコニコしているけど、それでもやっぱりあの顔はあの人たちと一緒にいる時にしか見られない特別なものだった。

そんな彼らと一緒にいる姿をもう見ることができないということは、必然的にそんな顔も見れなくなるわけで、あの愛しい笑顔が恋しくなった時は過去の映像を見漁るしかなかった。
それなのに、そのはずっだったのに、あの恋しくて仕方がなかった表情を私はこのツアーで目撃してしまうことになる。

彼らと一緒に過ごした当時を思い出して話すときの亮ちゃんはあの頃と同じ顔をして笑うようになっていた。
隣に彼らはもういないけど、それでもあの頃を想うと幸せそうにクシャクシャの目をして笑うようになっていた。

亮ちゃんまだこんな顔して笑うんだ、笑ってくれるんだと嬉しくてそのたびに無意識に泣けてくるほど愛おしくて懐かしい笑顔だった。


Nocturnal収録曲の中には「絵本」という曲がある。
今回のアルバムの中で最も私を拗らせて尚且つ希望を与えてくれた大好きな曲だ。

そんな「絵本」は以下の歌詞から始まる。

それはそう遠くない昔
とある誰かの話
うそが下手っぴなオオカミと
気まぐれなねこの話

物語の始まりや昔話では通常「むかしむかし」という言葉から始まるものが多い。
でもこの曲は「そう遠くない昔」とあえて明記してある。過去は過去だけど、そんなに昔じゃない過去のお話。

そして、この物語の登場人物はオオカミとねこである。


亮ちゃんは独立後、自分を表現する時にことあるごとにオオカミを用いてきた。
Twitterで「狼になりたい」と呟いていたことさえもある。

オオカミの特性みたいなものを読んでみるとまるでその生き方が亮ちゃんみたいで、彼がそこに憧れを抱き自分と重ね合わせるのも納得だった。


そして私は、グループにいた当初からずっと渋谷すばるのことを猫みたいな人だなぁと思い続けてきた。
日によって気分が変わりマイペースで心を開くまで時間がかかって、1人行動が好きですぐどこかに消えちゃいそうな雰囲気を持ち合わせている。

この曲のねこの紹介として「気まぐれな」という言葉を添えるあたり、これもまたなるほどなと察してしまう部分があった。


オオカミはねこと一緒に過ごした日の思い出を振り返って、絵本みたいにまた読み返したいなぁ。でもそんな風に思ってしまうのは僕だけなのかなぁ。そんなことを言う。

2番では、ある日ねこが泣いていた日のお話が綴られている。
部屋中に泣き声が響き渡る中、不器用で嘘がへたっぴなオオカミくんはなんて声を掛ければいいかわからず涙で水玉模様になっている床を見て「綺麗だね」としか言えなかった。

あまりにも、あまりにもこのオオカミの不器用さが錦戸亮すぎて、私は初日初めてこの曲を耳にしたときそのオオカミ絶対あんたやないか!!!!と叫びそうになった。


ここから拗らせに拍車がかかるのだけれども、1番ではそんな思い出の数々を「絵本みたいに読み返したい」とオオカミは言っていたのに対し、2番では「ページがしわくちゃだから絵本みたいに読み返せないって思うのは君の方だね」とねこに向けてオオカミが言う。

ページがしわくちゃになってしまっているのはなぜなのか、なぜねこにとっては読み返せないものになってしまっているのか…そんなことを考え始めるとつい苦しくなるけれど、それでもオオカミはねこの手をずっとぎゅっと握り続ける。
そして、お揃いが似合うといいなぁ、2人でまたお出かけしようなんて言いながら「物語に終わりはない」という言葉を何度も何度も繰り返しながらこの曲は終わっていく。


皆さんご存知の通り、彼は以前にも自分の願いを込めた曲で同じように「ずっと一緒」という願い事を曲の中で何度も繰り返し綴った男だ。

「正直この世に『永遠』なんてない。それはもう分かりました。やっと認められます。」
すばるが辞めた時そんな言葉を残した亮ちゃんなのに、7色の照明でステージを照らしながら「物語に終わりはない」と繰り返すなんてもう…ね……。


わからないけど、もちろんこれは勝手な憶測でしかないけど、それでもやっぱりこのツアーを通して見たものや言葉の数々を通して彼の中で過去に対する気持ちや向き合い方、その全てが大きく変わったんだろうなと感じざるを得なかった。



もう全然辛そうじゃなくて、あの頃みたいなどこかへ消えちゃいそうな儚さや周りを威嚇するような張り詰めた感じもなくなっていて。
ただ思い出を大事に大事に抱きしめながら、どこかでまだあの頃の永遠を夢見つつ、みんなに大切に愛され守られながら、今自分の進むべき道をテクテクと前を向いて楽しそうに歩いている。これがこのツアーの全てだった。


錦戸亮という人間はいつだって可愛い。この上なく可愛い生き物であることは言うまでもない。
でも今回のツアーではそのふわふわぽわぽわ加減が5万倍、いや、7万倍くらい増していた。

そんな様子が終始可愛かったこのツアーの中で、特に思い出に残っているエピソードをいくつか紹介したい。


グランキューブ大阪公演の際、ご機嫌だった亮ちゃんは最後の挨拶で
「この先もやれると思ってたんですが…次のアルバムで……………」と、突如何やら不穏な雰囲気を漂わせながら語り始めた。

大好きな人が目の前から消えてしまう経験をしたあの場にいた全てのオタクが、インスタライブを見ていた全てのオタクが、その言葉に凍りついてしまった。
私も一瞬にして涙が込み上げてきて「あぁ、終わった」と、すぐさまそんな気持ちになった。

しかしながら、ただいつもの調子でからかわれていただけで「そんな反応せんといてよ〜🥺とまさかそんな絶望リアクションを取られると思わなかった本人は戸惑い大笑いしていた。

自分が仕掛けたプチドッキリだったのに、あの会場で他の誰よりも泣きそうになっていたのが本人だったことも、「錦戸亮は、辞めへんで〜〜〜!!!!」と元気よく去っていったことも、全部丸ごと本当に憎めない男だなと愛おしくなる。



亮ちゃんとオタクの永遠の難題、前髪下ろす下ろさない問題。
スタッフさんに言われ渋々前髪を下ろして登場した日が何度かあったけれど、本人はやっぱり前髪を上げるのがお気に入りだそうで。

でもオタクの中で前髪あり派が9割くらいなのを亮ちゃん自身もよく分かっていて、とある公演で拍手によるアンケートを取った際も圧倒的に前髪あり派が多かった。そんな様子に不満げに仰け反り、
「デートの時一生懸命可愛くしていったらいつもの方がいいって言われたらどう思う…?🥺………今それ🥺
と拗ねてしょんぼりしていた亮ちゃん。

本人曰く、ステージに立っている時は平気なのに家に帰りお布団に入ると「前髪あんな風に言われたなぁ、前髪派の拍手あんなにあったなぁ」とあれこれ考えて凹んでしまうそう。
「関係あらへん!って思う時もあるけど僕ビビリやからさぁ…🥺でも喜んでもらえるんやったら…🥺と、前髪へのみんなの意見と自分の意思に揺れ動いていることをしょぼくれながらお話ししてくれた。

でもそんな後日、好き勝手に生きてやる!と意地になった亮ちゃんは見ず知らずの理容室で「かわいくできひん髪型にしてくださいっ!😠とお願いしてガッツリツーブロックに剃り上げガッチガチに固めたイカしたヘアスタイルで登場した。

そのくせ、「でもまた可愛い髪型にもするかもですっ🥺と保険をかけていたのもまた亮ちゃんらしくて愛らしくて。


これまたど平日にあまりアクセスの良くない立地で行われた千葉県市川公演では、本人もそれを少し気にしていたようで「有給使ってきてくれた人〜?🥺と質問するとたくさんの人が手を挙げたのを見て「はぁぁぁぁ…😞ごめんなぁ😞ありがとう…😞と申し訳なさそうな顔をしながら終始ありがとうとごめんなさいを何度も繰り返していた。

そんな公演終わり、亮ちゃんが「また有給使ってくれるかな〜???」と尋ねたのに対して客席は皆心の中で「いいともー!」と叫びながら静かに手を掲げた。

それを見て「お行儀良すぎるってぇ〜!ここでも声出さへんのかぁ!みんな一回だけ声出していいよぉ〜🥺と亮ちゃんが言い出すので、コロナ禍になって初めて亮ちゃんの現場で大きな声を出した。
みんなで目一杯声を出したその「いいともーー!」の声が気持ちよくて楽しくて、その声を聞いてたまらなく嬉しそうだった亮ちゃんがまたまた愛おしかった。


今回のツアーで1番の盛り上がりを見せた松戸公演。

会場のお客さんの一体感がとにかく本当にすごくて、関ジャニ∞時代に見せてくれた幸せそうな顔とはまた一味違う幸せそうな顔で亮ちゃんも終始笑っていて、ずっとこんな顔して笑っててほしいなと無意識にこっちが泣けてくるほどだった。


「みなさんを楽しませなきゃいけないのに僕が楽しくなっちゃってすみません🥺」「今日はほんっっっまに楽しかったです!!!!」と亮ちゃん自身言うくらい、バンドメンバーさんが各々今日はやばかった!とSNSで呟いてくださるくらい、会場のボルテージの上がり方はすごかった。

大好きなメンバーに囲まれ幸せそうに誇らしそうに微笑んでいた時のようなあの懐かしくて大好きな顔をして笑ってて、最後の最後まで幸せそうで、何だか本当に嬉しかった。


今回のツアーは十五祭ぶり、NOMADぶり、あるいははじめての亮ちゃんという方が本当に多かった。

いろんな人の感想が見たくて終演後にTwitterで検索をかけると必ずそんな方々のツイートが出てきて、みんな口を揃えて「最高だった」「亮ちゃんのままだった」「また絶対行く!」と絶賛の言葉を添えてくれていた。


会場にいても、そんな様子の人たちを見かける機会が今回は本当に多かった。
とある公演で前の席にいた大倉担と丸山担の女性二人組は、亮ちゃんのアクスタと各々持参した大倉くんと丸ちゃんのアクスタ並べて写真を撮り、幕が上がり亮ちゃんが登場すると2人で顔を見合わせてぴょんぴょん飛び跳ねて、Tokyoholicのイントロが始まると崩れ落ちながら喜び、サイリウムを掲げて楽しんでいらっしゃった。

MC中も亮ちゃんが何か可愛い発言をするたびに2人で顔を見合わせて沸いている様子がなんとも微笑ましくて。


そして2人はどうやら今回が独立後初の錦戸亮だったようで、最後の挨拶を終えた亮ちゃんが去っていくと「やばいやばいやばい死ぬ死ぬ!」と2人で連呼しながら小さくハイタッチのように手をパチパチし合い、私が席を立った後もしばらくその場で話し込んでいた様子だった。


亮ちゃんから少し離れてしまっていた人たちも、亮ちゃんをうまく受け止めることができなかった人たちにも、ちゃんと生で彼の姿を見て貰えれば絶対に伝わると願い信じていた私はそんな光景の数々を目の当たりにして言葉では言い表せないような喜びを感じていた。


そんな多幸感溢れるNocturnalツアーであったが、アルバム「Nocturnal」としてもこの期間中とても嬉しい出来事があった。

亮ちゃんが独立し、1stアルバム「NOMAD」が発売された当初、ありがたいことにアルバムの売上は好調でランキング1位を飾っていた。
ファンは皆、朝の情報番組のアルバムランキングコーナーでNOMADが紹介されることを心待ちにしていた。

でも、亮ちゃんが1位を飾ったその週、綺麗さっぱりそのコーナーはカットされていた。

とある番組で亮ちゃんの主演作品である「ごめんね青春!」が映し出された際には、まるでそこに亮ちゃんの存在なんてなかったみたいに綺麗に姿が消し去られていたことがあった。
あの大きな事務所を辞めるということはそういうことだった。

そんなのみんなわかっているけど悔しかった。
悔しくて悔しくてたまらなかった。
そして同時期に行われていたツアー「Note」で、亮ちゃん自身もMC中その話題に触れたことがあった。

「僕もすぐプロデューサーにメールして『何でなん!?』って言ったんです。僕がいないごめ春とかありえへんし、ターミネーターもシュワちゃんなしではありえへんやろ?」
と何とも彼らしい例えを披露した上で、
「でもおっきい組織やから仕方ないと思ってますし。皆が怒ってくれた事が嬉しかった。でも僕は怒ってないからみんなも怒らんといて?……まぁここでこうやって言うことで自分に言い聞かせてるんですけどね…。」と切ない顔をして笑っていた。

悔しかった。本当に悔しかった。

私たちファンでさえこんなに悔しいのに、本人はどれほどの悔しさを感じていたのだろうと思うと今でも胸が締め付けられる。

しかし、そんな悔しい経験を何度も味わった上で、今回の3rdアルバム「Nocturnal」に収録されている「ノクターナルアニマルズ」がめざましテレビで紹介されたのだ。

あの大きな事務所を離れて活動している人間が出した曲が、MVが、朝の大きな情報番組の中で紹介してもらえるということ。
これは全然当たり前のことじゃなかった。
たまたま番組を見ていた沢山の視聴者が「ジャニーズ辞めたのに地上波で紹介されてる!」と驚いていた様子も見受けられた。

朝からSNS上のオタクは歓喜し、まるで誕生日かと思うような祝福の声が飛び交っていた。

そしてどうやら本人も早起きしてリアタイしていたようで、番組の放送に合わせてMVを公開しTwitterにも姿を現していた。

そんな放送日直後の公演で「あっそういえば!😳とめざましで放送してもらえた話を亮ちゃんが持ち出すと、割れんばかりの拍手喝采が起こった。
「僕久々にテレビに出れたんですっ☺️と嬉しそうに言いながら「フゥ〜!」と自ら客席を煽り、会場全員がその煽りに乗っかり大きな大きな拍手の中「フゥ〜!」と祝福の声が亮ちゃんに降り注がれていた。

本当に嬉しかったんだろうなぁ。
当たり前が当たり前じゃなくなったこと、それは私たちファンだけじゃなくて亮ちゃん自身もそうだった。
仕方ないと割り切って笑顔を見せていた彼だったけど、それでもやっぱり悔しくて悔しくてたまらなかったんだろうなとあの笑顔を見ると感じざるを得なくて涙が出た。


この3年の亮ちゃんを見ていて感じた変化は、自分を支えてくれる周りの人たちとの関係性にも存在していた。


関ジャニ∞時代、誰よりも永遠を願い信じていた亮ちゃん。
錦戸亮という人間は、大好きなメンバーみんなの笑ってる顔をずっとずっと隣で見ていたくて、そんな思いを曲にしてしまうほど永遠を願っていた人だった。

でも、それは叶わなかった。

大きな事務所と自分の居場所だったグループを離れて1人になった亮ちゃんだから、もうきっと新しい仲間とかそういうのは必要としないんだろうなと私は思っていた。

独立してこれまでの様子をずっと見ていても、もちろんすごく周りの人から大切に愛されてはいたしそんな人たちに甘える姿も何度も見てきたけど、お互いにちゃんと一線を引いた上でのそれだった。

でも今回のツアーはそれが大きく変わっているように感じた。
この人本当に自分のバンドメンバーさんを誇りに思っていて、大切で大好きで心が休まる存在の一つになったんだなと。


失礼ながら私はどうしても関ジャニ∞のバンドが好きな拗らせオタクなもので、これまでバンドメンバーさんに興味を向けたことがなかった。というか、向けることができなかった。

名前もろくに存じ上げていなかったような私が、今回のツアーではそんなバンドメンバーさんたちの虜になっていた。


曲や演出の中にはいろんな楽器の見せ場が用意されていて、それぞれの良さが存分に発揮させられていた。
亮ちゃんは関ジャニ∞にいた頃からそういう人だった。
この曲はこの人の演奏がかっこいい!とか、この楽器の音が気持ちいい!とか、そんな感想まで友達と語り合ってしまうくらい私は亮ちゃんを支えるバンドメンバーさんの演奏にしっかり魅せられていた。

そして、そんなバンドメンバーさんをとにかく誇らしげに、自慢げに紹介する亮ちゃんの姿を見るのもこのツアーの醍醐味の一つになっていた。


バンドメンバーさん一同による演奏が見せ場の「デジャヴ」では、主役は自分なのにステージの端の端の方に移動して嬉しそうにノリノリで手拍子をしてみんなの注目を仲間に向けようとする亮ちゃんがいた。

声出しはまだNGな世の中だけど、漏れてしまう声は許されるから演奏に痺れたら声を漏らしてもいいよ、いっぱい拍手してねと毎公演口にしていたその言葉はいつだって自分にじゃなく「仲間たちに」というものだった。

苦手なMCに困ると「寂しいから来て〜」とすぐキーボードのジュンくんを呼んでしまうし、お得意の噛みつき癖でキャンキャン吠えてみるものの上手に交わされてしまいギターの黒田さんに「ジュンくんにこんなこと言われた🥺」と慰めてもらう姿も大好きだった。

「僕1人じゃほんまになんにも出来ないんですけど、ここにいる6人の仲間がいつも僕を支えてくれてますっ☺️
とバンドメンバーさんを嬉しそうに紹介する亮ちゃんと、そんな亮ちゃんを後ろで見守り愛おしそうな目で微笑む皆さんの姿。

バンドメンバーさんを見て見て!と亮ちゃんは押したがるけどそれに対してあくまでもステージ上ではバンドメンバーという存在に徹するし、目の前にマイクがあるからそれ通して話してよ!と亮ちゃんに言われても「いやいや……☺️」と終始亮ちゃんを立てようとするスタンスを保つ姿。

そして何よりも、錦戸亮の作る音楽を全身で楽しみ気持ちよさそうに演奏する姿。

その全てがこのツアーの中で思い出に残る大好きな光景になっていた。

昔大倉くんが亮ちゃんのことを表現した大好きな言葉がある。

『縄張りに入ると威嚇するような厳しさを持っているけど、仲間意識が強く一度認めた群れの仲間には家族のような優しさを与えてくれる。怖そうだけど優しい。周りに頼りにされて愛されてしまう』

錦戸亮とはそういう人だった。
生意気で勘違いされることも多いけど、不器用すぎるほど真っ直ぐに愛を向けてしまう人だから、その愛を受け取った人たちには愛され可愛がられ甘やかされるのが性分な人。

独立してすぐの頃は一人で荒野を歩いていくオオカミの姿で自分を表現していた亮ちゃんが、このツアーのテーマソングとも言えるノクターナルアニマルズのMVでは楽器を演奏する仲間の動物たちを引き連れて歩いていく姿が描かれていた。

メンバーに大切に愛される彼を見ることが好きだった私にとって、もちろん代わりにはならないし全くの別物ではあるのだけど、新しい仲間たちにまた大切に愛される亮ちゃんの姿は愛おしい以外のなにものでもなくて、なんだか心の底から安心してしまった。



このツアーの最終日、亮ちゃんがステージを去った後もBGMとして流れていたノクターナルアニマルズに合わせた客席の手拍子はひたすら鳴り止まなかった。

終わってほしくなくて、終わりにしたくなくて、ずっとずっと鳴り響いた手拍子。
もう終わらなきゃいけないのにスタッフさんも参ったな〜と顔を見合わせて笑っていたけど、それでも手拍子は鳴り止まなかった。

きっとあの大きな手拍子の音は亮ちゃんにも届いていただろうし、スタッフさんが目にした温かい光景は亮ちゃんにも伝えられたと思う。

鳴り響く手拍子を聞きながら会場を後にすると、出口には「またライブで会いましょう!!!」という文字が大きく貼り出されていた。

また会おうねという約束をしてお別れをできる嬉しさ。その安心。最後の最後まで大好きが溢れる公演だった。


何度も繰り返すが、このツアーの亮ちゃんの様子がこれまでと随分と違っていたのも、彼を取り巻く環境が大きく変化していたのも、これまで独立後の亮ちゃんを見守ってきた人なら誰もが感じたはず。 


過去に対するあれこれもそうだけれど、もう何にも怯えてなくて、みんながちゃんと自分を受け止めてくれることも、ここにいる全員が真っ直ぐに自分を愛して可愛がってくれる人たちだということも全部分かった上での亮ちゃんの振る舞いが愛おしくて愛おしくて。

亮ちゃん自身も今亮ちゃんを取り巻く世界がとてつもなく愛に溢れてて、意地悪言う人たちが沢山いたあの頃とは違って本当に愛に包まれてることを実感してくれているんだろうなと、そう感じざるを得ないほど伸び伸びと幸せそうに笑っていた。


立地や日程の都合で全ての公演が完全満席とはいかなかったけど、それでも多くの公演が完売しそこに至らなかった公演も上の上の方までお客さんで埋め尽くされていた。
本人もそんな光景を見て嬉しそうに上の方を見渡して幸せそうに微笑む瞬間が何度も何度もあった。

「僕には皆さんが僕の前にいてくれる事実だけで十分でございます。健康でおれるように、好き勝手にわがままに生きていけばいいですよ。僕も頑張りますのでみなさんも心の健康を第一に!」
毎公演そんな挨拶を繰り返していた亮ちゃん。
あなたのその笑顔がある限り我々の心の健康は安泰ですよと言いたくなるけれど、そんな亮ちゃんに降り注がれる鳴り止まない拍手はいつもいつも感無量だった。
何があってもこの人のことをずっと見ていたい、この人がみんなの前に立ちたいと思い続けてくれる限りおじいちゃんになってもずっとずっと見守りたいと、このツアー中私は何度もそう強く願ってしまった。



この3年、本当に色んなことがあった。
こんな未来望んでなかったと悲観的になってしまうことも何度も何度もあった。

でも亮ちゃんにとってあの頃は遠い昔の話じゃなくて、思い出したくないようなものにもなってなくて、すぐ引っ張り出せるほど近くにしまってくれていて、むしろ嬉しそうに愛おしそうに抱えながらついついちょっと蓋を開いて覗きながら持ち歩いてるくらいで。

それに亮ちゃん、もうアイドルじゃないけど愛され方はあの頃と同じ、いや何ならあの頃以上にめちゃめちゃアイドルの人になっている。
本人もそれを全然拒もうとしてなくて、そうやって可愛い可愛いされ慣れてずっとやってきたからもはや今それがすごく心地良さそうなくらいで、3年かけてようやく『錦戸亮』としての愛され方と自分の道をちゃんと見つけたんだろうな。

望んだ未来ではなかったけれど、それでも私は今この上ない幸せを感じている。
こんな未来も悪くないなと私に思わせてくれたのは紛れもなく亮ちゃんで、時間はかかったけど、それでも亮ちゃんと一緒にみんなで前を向いて歩き出したこの3年はかけがえのない時間だったと今なら思える。

亮ちゃんがこのツアー中迎えた誕生日にInstagramに綴った「幸せです。」という言葉。もうそれだけで十分。

亮ちゃん、ずっとずっと笑っててね。
もう心配ないだろうけど、それでもずっと笑っててね。
あなたが沢山の仲間に愛される姿を、大勢のお客さんから拍手喝采を捧げられる光景を、愛に包まれて幸せそうに笑う姿を、来年も沢山見られますように。

Nocturnalツアーという宝物をありがとう。
錦戸亮のファンでいられて幸せ。

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