【2010年代のベストアルバム100枚】Arcade Fire "The Suburbs" (2010)

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概要

"The Suburbs"は、カナダのインディーロック・バンドArcade Fireの通算3作目のアルバムです。プロデュースはArcade Fire自身とMarkus Dravsが手掛けています。彼らにとって初となる全米アルバムチャート1位を獲得しました。

ヒューストンの郊外で育った10年間

Win Butlerは、自身とWilliam Butlerのヒューストンの郊外でのかつての生活が今作のリリックの中身に影響を与えたことを述べており、「郊外に対するラブレターでも告発でもない。郊外からの手紙」みたいなものだとしています。

現在モントリアールで生活しているWin Butlerですが、10年間住んでいたヒューストンは「全然心のつながりが持てない場所」であることを明らかにしており、今作で描かれていることがすべて自身の経験ではないものの、「そういった感情についてのアルバムを作りたかった」ことを認めています。「半分は自分たち自身と対話しているんだ。年寄りが『最近の子供たちは、一体どうなってるんだ?俺たちはもっと凄かったぞ』みたいなことを言うのとは違う感じにね」

Depeche ModeとNeil Youngをミックスしたようなサウンド

Win Butlerはさらに全体的なサウンドとしては「Depeche ModeとNeil Youngのミックス」みたいなものであるとしており、「すごく小さい頃に聴いて、このクレイジーなノイズは何なんだろうと思っていたバンド」のようなサウンドにしたかったと述べています。

また、今作はこれまでの作品に比べてアップビートになっていることを認めている一方で、Jeremy Garaによると「非常に華やかな」ストリングスなどによって「音楽的にはよりダークな作品」になっているとも述べられています。特に今作では「これまでほどのオーケストラのエレメント」がなく、代わりにシンセやパーカッションがより取り入れられていると明らかにされています。

デジタル化する世界の中で

さらに今作ではレコーディングにあたって、完成した曲をそれぞれ12インチ・ディスクにプレスしたことを、Win Butlerは明らかにしています。「テープに録音して、それをレコードにプレスしたら、そのデジタル音源はこの世界に存在するこのフィジカルのアーカイブなんだ。僕らはそれを保管していて、配布形態としてデジタルを使っているけど、実際に作られたリアルな物体は究極的にはすでに存在している」

Win Butlerは一方で、インターネットによって明らかとなっている様々な可能性についても認識しており、「居場所をなくしていった良い物事については、いつまでも忘れないでいたいと思っているし、そこから得られた学びを実際にこの世界に適用させていきたいんだ」と語っています。

Richard Reed ParryはArcade Fireのその独特の存在感について「塩入れの中にある胡椒の粒」と表現しています。「僕らはこの世界に馴染めていないけど、生れ落ちてしまった。だからその中を突き進んでいくし、やるべきことをやって、そこに僕らの感情を落とし込んでいくんだ。だってそれしか僕らにできることはないからね」

参照

リリース時の評価

2010年のベストアルバム・リストで、『Q』と『Clash』が1位に選出している他、『Billboard』『DIY』『Entertainment Weekly』『MOJO』『NME』『Stereogum』『TIME』『Under the Radar』が2位に選出、その他多くのメディアの10位以内に選出されています。

『Under the Radar』は、「郊外と歳を重ねることに風格を認める」という「タブーとされているロックの題材」を使って、「近年の記憶の中でも最も親しみやすいアルバム」を完成させたと絶賛しています。「"The Suburbs"は、しばらく会っていなかった誰かからのハグのようなアルバムである」

5位に選出した『The Line of Best Fit』は、今まであったような「すぐに歌うことができる」ようなキャッチーなフックや、わかりやすいコーラスが今作には欠けていることを指摘した上で、今作には「自分の夢に無関心な世界で成長することについての痛み」を歌った「実存主義的なリリック」と「Win Butlerの説得力ある魅惑的な表現」によって「尽きることのないほどの深み」が備わっていると称賛しています。

2010年代における評価

2010年代ベストアルバム・リストで、『NME』が9位、『Stereogum』が14位、『UPROXX』が16位、『Consequence of Sound』が18位、『The Independent』が19位に選出している他、多くのメディアで2010年代を代表する1枚として選出されています。

『NME』は2010年にリリースされたこの作品が「丸10年間を耐え」、「いまでも疑いようがなく素晴らしい」アルバムであると称えています。また、今作のエネルギーは「憂鬱な感覚」からくるものであり、そこには「スプロール現象からの不毛にも逃亡しようとするファンタジー」と「悲しみが織り交ざったノスタルジックな空想」、「何もかもが間違っているとする率直な否定」があると指摘しています。「この作品は今も、彼らにとって完全に創造性のピークにあたり、もう10年もきっとそうであり続けるだろう」

『Stereogum』は今作について、「虫眼鏡を通して穏やかな住宅地を眺め、夕暮れによく手入れされた芝生に伸びる影を拡大」しているようなアルバムであると称しています。また、リリックについては「幼少期の友人が、違う高校のグループの中で妥協した忠誠心を発見する」ことや「ビッグ・テックの時代にカタツムリ郵便を追憶する大人」といった「小さな悲劇がまるでオペラのような深刻さ」をもって連なっている一方で、「青春のノスタルジアを美しく描いている」と称賛しています。

かみーゆ的まとめ

2017年の『Everything Now』の批評的な失敗(というよりもArcade Fireが元から持っている若干上から目線な考え方が嫌な感じに表出したの)もありましたが、Arcade Fireは今も2010年を代表するビッグなバンドの一つでしょう。その中でも今作は10年経っても様々なメディアから絶賛される、『Funeral』に最も近い傑作の部類に入る作品となりました。

バンド史上もっともダークに聞こえる作品『Neon Bible』と、よりエレクトロっぽい方向性に舵を切った次作『Reflektor』に挟まれた今作は、全体的に地に足の着いた雰囲気で円熟味を感じさせる一方で、これまでになくアップビートな展開には大部隊の楽器を率いる彼らの複雑な音楽性が反映されているように思います。

憂鬱が続く暗黒の2020年においても、ノスタルジーを肯定するでも否定するでもなく淡々と描いていくこの作品は、現代の憂鬱さから私たちの目を逸らさせてくる特別な時間をもたらしてくれます。

トラックリストとミュージックビデオ

01. The Suburbs

02. Ready to Start

03. Modern Man

04. Rococo

05. Empty Room

06. City with No Children

07. Half Light I

08. Half Light II (No Celebration)

09. Suburban War

10. Month of May

11. Wasted Hours

12. Deep Blue

13. We Used to Wait

14. Sprawl I (Flatland)

15. Sprawl II (Mountains Beyond Mountains)

16. The Suburbs (Continued)

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