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人間がつくったものでは空港がすき

目がさめるだけでうれしい 人間がつくったものでは空港がすき

雪舟えま 『たんぽるぽる』 2011年 短歌研究社

middle of nowhereという英語の言い回しがある。辺鄙な場所、人里離れた場所、何もない場所、みたいな意味だが、直訳すると「どこでもない場所の真ん中」となる。これはすごく、どこかへ行ってしまおうか、と思うときの、どこかって感じがして良い。どこかへ行きたいけど、どこにもいたくないな、ミドル・オブ・ノーウェアにいたい。そんな風にこの言葉を使うことはないけれど、でもそういう感じがする。

空港とカプセルホテルは、ミドル・オブ・ノーウェアっぽい。最終目的地ではないが、だらだらとそこにいても、誰にも気づかれないし何も言われない。どこかへ到着してしまうこともない。旅の途中のみんなは、ふわふわしていて、だから私も同じように、いつもより堂々とふわふわしている。ふわふわを共感している。

今この文章を書いている8平米の部屋は、武蔵小金井駅の近くにあった若い外国人観光客や留学生向けの、キャビン型ドミトリーの部屋に似ている。190x90cmのシングルベットと、小さなデスクでいっぱいになる空間で、でもここはあなたの空間ですよ、という安心感を十分に与えてくれる。

でも、スーツケースは?どこに置けば良い?スーツケースは、共用部にあるコインロッカーか、大きいものでしたらフロントでもお預かりできますよ。あ、そうなんですね、じゃあお願いします。外出の際にはこのカードを、お持ちくださいね。はい、わかりました。

自動ドアを通り抜けたらそこは成田空港の中で、私は自動販売機に水を買いに行く。空港直結のカプセルホテルに初めて泊まった。手ぶらで空港の中を歩くなんて愉快だ。フライトは明日の早朝だから、早く寝よう。明日?いいえ、昨日?

そうだ、昨日、東京に着いた。隅田川の向こうの金の炎とスカイツリーに挟まれて歩く。100円ローソンで、レトルトカレーと1リットルのジャスミン茶を買って、安宿に戻る。明日、洗濯をしなきゃ。カプセル形のベットの上段に上がり、カーテンを閉める。腕を広げることのできない長細い空間。でも、まっすぐ横になって寝れるし、暗いし、静かだ。

そうやって目が覚めたら、私はごおごおと鳴る飛行機の中にいて、目的地到着まではあと6時間で、前の座席のポケットには紙コップが挟まっている。

どこかへ、向かっているんだっけ、帰っているんだっけ。それとも、ずっとここにいることにした?わからなくなって、もう一度寝てしまう。


  


ごはんを食べます