架空小説「くらげの手触り」

彼女に触れる時、水面にふよふよと漂うくらげを掬い上げるような心地がした。
その瑞々しいやわらかさは言うまでもないが、ひとつひとつのパーツを欠けなく全て拾うためには細心の注意が要る。
少しでも余計な力を入れては彼女を壊してしまわぬよう僕はこわごわとしていた。

僕の指先が彼女の輪郭に触れる。
それだけで、途端に四肢の縫い目がほどけていくように彼女を構成するパーツが瓦解し、泡のようにぷかぷか浮かび上がりながら分離していって、やがて彼女の面影なんてなくなって、後には何も残らない。
あり得ないことだとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。

それでも触れたいと思うのは、えてして僕の我儘にほかならない。
触れたら壊してしまう、でも触れたい。
矛盾めいた気持ちは、僕の心を鬱屈とさせるにはおあつらえ向きだった。

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