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弟が日本武道館に立つ話。

小針桃奈(こばも)

パーソナルカラーをメインのnoteにしているんだけど、たまに日記というか、思い出的なものもぽつぽつ書いていこうかなと思いまする。
いっぱい書けるのがnoteの良いところ。




「嬉し泣き」ってしたことありますか?

私が初めてこれを体験したのは、弟が1歳になる頃。弟が初めて歩いた瞬間を見た時。嬉し泣きという言葉は知っていたけど、こんな事あるのかとびっくりしたので今も覚えてる。


弟とは9歳離れているから、弟が小さい時は仕事で忙しい両親に代わり、保護者役になることも多かった。

休みの日に2人で動物園に行って、小柄だった弟を肩車して、羊の毛刈りショー見せたりもしていたし、学校から呼ばれて1時間並んだくら寿司食べるのを諦めて学校に向かったこともあった。


昔から私は家族が大好きだったし、大切に思ってきたけど、両親や、自分より年上のいとこ達がたくさんいたから「守ってやらねば」と思った生き物は、多分弟が初めてだった。

まあそんな事言いながら、バッチバチに喧嘩してグーパン(肩に)したこともあるし、お米のとぎ汁をカルピスと騙して飲ませたりもしたんだけども。




そんな弟が15歳になる頃、突然「ラッパーになる」と言い出した。

最初はただ言ってるだけだと思っていたのに、毎日家で壁に向かってラップをし続け、高校生になるとバトルに出たり、サイファーに出かけていくようになった。


はじめてのバトルでボロ負けして帰ってきた時は凹んで、もうやめるとぼやいていたらしいのに、またラップをする様子を見て「あー本当にやりたいんだな」と思った。

はじめて高円寺のサイファーに向かう日は、心配でおかんと一緒に高円寺まで送って行き、終わるまで駅のデニーズで眺めながら時間を潰した。

はじめて高ラに出た時は、緊張してこっちが吐きそうだった。そして、結果を残した弟を誇らしく思ったし、嬉しかった。




渋谷TSUTAYA前で路上パフォーマンスをするようになって、雨の日も傘もささずにラップをしてた。

嫌がるとか煩わしそうな顔すらされず、存在しないみたいに皆に素通りされても毎日のように渋谷に通って、ただただラップをし続けて、いつしか少しずつ、立ち止まってくれる人が増えてきた。

高ラで優勝して、たくさんの人の目に触れるようになった。割れるような歓声の中で本当に嬉しそうな顔をしてた。




だけど、沢山の人に見られるようになったらその分だけ、厳しい言葉も見かけるようになった。その中にはもちろん、純粋な意見もあったけれど、そうではないものも沢山あった。

弟がこてんぱんにやられるところを皆が期待して、悲しい顔をすることを望まれた。

ついこの前まであんなに歓声に包まれていたのに、いつしか、バトルに出ると弟の時だけ皆が声をあげなくなった。




私と弟はよく似てると言われてきたけど、私は本当に瞬間瞬間で生きてるのに対して、弟は先のことを考えてるな、と思うことがよくある。

そんな弟が、先が見えなくなった時。
目の前が真っ暗になった時。
どれだけ不安や焦りがあったのかは、血が繋がっていてもわからない。

当時は本当に家族全員が毎日ギリギリで、家出した弟を探しに行くことも何度もあったし、目の前からいなくなるんじゃないかって不安を常に抱えてた気がする。




それでも弟は曲を作って、ラップをした。
止まったり戻ったりもしたけど、アーティストであることを、何かを伝えることを諦めなかった。

そのうちに少しずつ、応援してると伝えてくれる人たちが出てきた。

「あいつを応援するのはダサい」

そんな空気もあったのに「え、いいじゃん」って言ってくれる人たちが出てきた。

支えてくれる人
見守ってくれる人
協力してくれる人
すきだと伝えてくれる人

どんどんどんどん増えて、今、満員の豊洲PITでライブができるようになった。



ラッパーになると言ってから
辛さも、悔しさも、歯痒さも、悲しさも
きっと私が感じた数倍、数十倍
弟は沢山たくさん経験してきたけれど

大きなステージに立って
「この音楽が好きだ」って
同じ感情を持った人たちと
ただ楽しめる空間を作る。

伝えたい気持ちは
自分の口から、何にも遮られずに
素直に伝えることができる。

その時の思い出が
そこに集まった人たちの
明日からの力になる。

そんな時がいつか来ればいいと思った。




ラッパーにならなければ、
あんなしんどい思いはしなかったのにと思う。

でも、ラッパーにならなければ、
思い出の豊洲PITであんな素敵な景色を見ることも、こんなに胸がいっぱいになることもなかった。

多分、あんなに幸せそうに笑う弟を見ることはなかった。こんなに嬉しくて泣く日は、多分来なかった。




守ってやらねばと思っていた生き物は、いつの間にか沢山の人に守り守られ、大きな輪っかを作り始めてた。

これからも私は、それを近くで見守っていきたいなと思う。




2024年1月17日
弟は日本武道館でライブをする。

また1つ、夢に見た最高の景色を見て
私は多分、また嬉しくて泣く。

この先も沢山の夢を見ていこうね。



日本武道館、おめでとう!

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