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とあるマダムへのラブレター

前回、「マダムたちよ、永遠なれ」という記事を書いた。マダム=素敵なフランス人女性、とイメージするけど、フランス人女性でなくても素敵な女性はたくさんいるし、素敵な女性の総称として「マダム」と言いたい時もある。

記憶の片隅にある素敵なマダムが忘れられなくて、感謝と賞賛の気持ちを込めて手紙を書いてみた。

拝啓、真冬日に出会った眩しいマダムへ

あれは何年前かの3月でした。3月なのに外は雪が降り出しそうなほど、寒くて一面灰色。私は暖を取るため銀座にあるビルのカフェにいました。その横には中年の男性が一人座っていて、彼はあなたと待ち合わせをしていました。

しばらくして彼は手を上げ、向こうからやってくる貴女に嬉しそうな顔を向けました(マスクが不要だった懐かしい時代ですね)。海外からやってきたあなたは全身を黒い服に包み、いかついシルバーのアクセサリーをじゃらっとつけ、小さなサングラスをかけていました(雪が振りそうなぐらい暗い日だったのに)。当然のことながら、あなたはとても、目立った。
そしてかっこよかった

その時点で私はあなたの圧倒的な存在感に魅了されてしまい、気になってしょうがなかった。どんな人なの?どういうことを考えて、話すの?素敵すぎるんだけど、たまにちらっと見るのは許される?

詮索はよくないと思い、自分の前に開いてあった本の文字を追おうと頑張ったのですが、人間は弱きものです。あなたが放つ光の片鱗に少しでもいいからあずかりたいと思い、筋肉があったなら固く閉じていたであろう耳の力を緩めて、こっそり話を聞きました。本当にごめんなさい。

あなたが日本に来るのは久々なこと、72歳になったこと。ジャーナリストをしていたお父様の話、結婚した相手と住んでいた土地でフランス語の先生をしていた話、その職をやめたあと、今でも携わっているアート関係の仕事についた話。

色々な話をされていましたね。
でも、その中で一番印象に残っているのはお洋服の話です。

あなたは、32、と言いました。
これが持ってる服の総数だと。夏服、冬服、昼用、夜用合わせてこれだけで、何かを新しく買う時は何かを人にあげるようにしているんだと。人からつまらないと言われたりするの。その時はね、何言ってるの、楽しいわって返してる。私はこれが楽しいのよ。It’s fxxking fun.

これを聞いた瞬間、もうかっこよすぎてかっこよすぎて私は横で一人、目をパチクリさせていました。他から見ると制限にしか見えない中で、あなたはそれを自由と言い切ったから。
そしてそれを謳歌している。

自由は自分の心が決めるものだし、多くを持っていなくても楽しくいれるんだ、と。当時の私は悩んでいて(もう何に悩んでいたのか覚えていませんが)、それを聞いてすっと心が楽になったのを覚えています。

相手の方を話を聞く姿勢も素敵でした。視線を奪うような格好をしているけれど、決して人の話は奪わない。相手の目を優しく見ながら、指輪で縁取られた手を重ね、相槌を打ちながら。時には相手に惜しみない賛賞を与えながら。私はこういう風に余裕を持って人の話を聞けているのかしら?今は無理でもこうなれたらいいな、と思いました。

しばらく話をした後、さて買い物に行くわ、と真っ黒なコートを颯爽と羽織って「クロムハーツは何階?」と相手の男性に尋ねましたね。彼は答えを知らなかったけど。あの後、ちゃんと6Fにあるお店にたどり着けたでしょうか?

あの日あなたを見て、(光を吸収する)真っ黒な服を着ていても人を眩しく感じられるんだ、と初めて思いました。あの時の私は少し落ち込んでいて、気持ちが薄暗かった。でもあなたの明るさには、人が持つ心の薄暗い部分を照らす力があった。私含め、あなたの半径2mぐらいに入った人はそう感じたはず。
私もいつかそんな人になれるかしら?なれたらいいな、とおこがましいながらも切に思います。

今も世界のどこかで、変わらずに眩しくいてくださることを願って止みません。

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