『あと一歩』


6月某日、晴れ。暑い日差しが降り注ぐ中、校長先生の声がマイクから響き渡る。話が長く単調なせいか欠伸をしたり頭が揺れている奴もいてそんな生徒には先生が近づいて注意していたり肩を揺らしていたり。確かに面白くはないし、いやに長い退屈な時間ではあるもののこれからの時間を思えばそれも気にならない……というのは言い過ぎでやっぱり長いものは長い。それでも注意されるなんて情けないことにならないように欠伸を噛み殺し少しダレていた姿勢を正す。視界には赤と青と白の衣装に身を包んだ生徒達に目に染みるほど明るい雲と青い空。

うん、今日は体育祭日和だ。



校長先生の話が大半を占めた開会式も終わり、ラジオ体操、綱引きと続いて次は障害物借り物競争。借り物は毎回好きな人等の恋愛系のお題からタオルなんて言うごく簡単なものまで様々で勝つには簡単なお題を引く運も必要だ。今年は何を引くだろうかと近くの奴らと話していればいつの間にか去年の話に移り変わり。

「去年お前愛の告白してたよな〜」

「あれは情熱的だったわー」

「富への愛がつい爆発しちゃってさ」

去年の愛の告白、と言うのは俺が1年の頃の話だ。借り物で恋愛系の王道「好きな人」を引いてしまい連れてこれる相手などいない状況下で、しかし何がなんでも勝ちたかったあの時何を思ったのか当時も同じクラスかつ友達だった山寺富の手を取り自分はこう叫んだのだ。

『富、愛してる!!!だから着いて来てくれないか!』

『はい……!!』

富の安定のノリの良さのおかげで俺の愛の告白(笑)は無事成功し爆速で恋人になり1位でゴールテープを切ったと言う懐かしい思い出だ。どうやらこいつらも覚えていたらしい。

「あれは腹抱えて笑った」

「俺も」

「おいお前ら〜?」

「ごめんて」

正直他の誰かがやってたら俺だってたぶん腹を抱えて笑っていたと思うがそれは黙っておいた。



少しの水分補給をした後は大急ぎで応援合戦の為に用意されていた衣装を着る。この暑い日に学ランって……とげんなりはしたものの着たことのない長ランに少しワクワクしているのは秘密だ。だらしなく見えないようにボタンも全て閉めて赤軍と書かれた腕章と赤い手袋をつける。しかし残ったタスキは自分では結べずどうしようかと思っていれば見兼ねて同じく学ラン姿のエリンが結んでくれて。

「なになに?結構かっこいいじゃん!」

「結構は余計だっつーの!メイクもして貰ったからさ、顔がいつもと違ってて面白いわ」

「確かに雰囲気違う感じだねー。私もかなりいい感じでしょ?惚れた??」

「なわけ!まあ可愛いしカッコイイけどさ。それとお前はタスキ結ばなくていいわけ?」

「結ぶに決まってるじゃん!ってことで久貴、やってよ」

「はいよー……ほい、完成」

「ありがと」

軽快なやり取りの後、何処からかファイトー!なんて声が聞こえてきたので2人揃ってつられて、おー!と手を上に突き上げた。空は相変わらずジリジリと日差しが照り続けている。赤い旗が風で揺れた。



『騎馬戦、男子の部に参加する生徒は集合場所まで移動してください。繰り返します──』

放送委員のアナウンスに従い周りにいた奴らと喋りながらも立ち上がって歩き始める。そして集合場所と応援席の距離が丁度半分くらいになった頃。せーの!何処からかそんな合図が聞こえて声のする方を向くと。

「寶井くーん!頑張ってー!!」

そんな声が2年A組の応援席から聞こえて来た。ご丁寧にキラキラしたモール付きのうちわまで振って。あれってこの間の放課後に女子が集まって作ってたやつかな?わ、あのうちわ俺の名前書いてあるじゃん。あれ絶対彩姫。それに乙葉とエリンもいる。エリンに寶井くん呼びされるなんて何か変な感じだな〜、なんて応援してくれたメンバーを見ていたら何だか面白くなって、そして体育祭という事もあってテンションの高かった俺は何を思ったのか振り向いて手を振った後バチーンと気分はアイドル!と言わんばかりのウィンクなどをしてしまい。

「キャーー!」

なんて女子達がノリに付き合ってくれたことだけが救いで集合場所に向かう為に再び歩き出せばひたすら恥ずかしくて後悔した。たぶん首まで赤かったのだろう、隣にいた史哉や富が顔真っ赤!なんて揶揄って来るわ、さすがイケメン〜!と口では褒めつつニヤニヤと笑い俺の羞恥心を煽ってくるので本当に地獄だった。朝菊が二人が離れた隙に肩を労わるように軽くポンと叩いてきたことがトドメで俺は無事に心が死んだ。それでも騎馬戦の為に並んでいる時間でどうにか立て直し、騎馬戦自体はそれなりに勝ち進め赤軍に貢献出来たのでまあ良しとしよう。……後で絶対お前らの好きな弁当のおかず食べてやるけどな!



「寶井くんお疲れ様〜。騎馬の下疲れたでしょ?でもカッコよかったよ〜!!」

騎馬戦が終わり各軍へ戻れば彩姫が声を掛けてくれてイエーイとハイタッチを交わす。

「まじ?よっしゃー!嬉しいわ。そんでさっきは応援ありがとな〜アレって皆で打ち合わせとかしたんだ?彩姫に至っては俺の名前のうちわまであるし」

「折角だし皆で応援しようと思って。完全にその場のノリでーす!寶井くんうちわも自信作!」

「息ぴったり過ぎじゃん!そしてうちわのクオリティな」

「でしょ?」

「今度俺も作りたーい」

「いいよー今度もなぴと作る予定だからその時一緒にやろ!」

「さんきゅ、彩姫!」

どういたしまして〜と言う彩姫と揃って笑っていれば今度は女子の招集がかかり、頑張れよと伝えてそのまま別れる。さあ今度は俺が気合い入れて応援しようと息巻いてメガホンを取り出す。やたらにキラキラしているこのメガホンはさっき話していた彩姫他数人の友達とデコったもので、男の自分が持つには少々可愛すぎる気もするが作った時はノリノリだったし楽しかったので別にいいやとそのまま構えて赤軍へ思い切りエールを送った。



騎馬戦の後も中々に白熱し、赤青白共に接戦で大盛り上がりした全学年混合リレーが終われば後はフォークダンスだけだ。さっきまであれだけ青かった空も少しずつオレンジに染まり始めれば暑さも少しだけ和らいでいるようで。風が少し涼しいのはまだ6月だからか。どこか緩やかで穏やかな空気の中、生徒と先生とが入り交じり男女に別れ、流れる明るい音楽に合わせて踊る。チラホラと背の高い女子が男側に回っていたりその逆もあったりを見掛けたりもして。自分も踊りながら話したことない子や仲の良い友達、先輩、後輩、先生、色んな人と手を取って話してを繰り返し楽しんでいた。踊り方も人それぞれで個性が出るな、なんてこっそり笑う。

「あはは!話したこと無かったけど面白かったよー」

「俺もめっちゃ笑ったわ〜!じゃあな」

「うん」

目の前にいた女子が隣に移り、さあ次の子はと視線を移す。……一瞬、周りの音が消えた。話す目の前の人に何故だか動揺して返事が少し遅れる。

「あ、次は寶井くんなんだね。今日はどうだった?」

「、はい!楽しかったです。俺、結構活躍したんですよ〜ちゃんと見てくれてました?」

「ふふ、もちろん!凄かったよ」


そう言ってふわりと笑う顔が可愛いなと思う。褒められたせいか、ふわふわとした気持ちになった。今の曲はオクラホマミキサーで肩に手を回すようにして互いに手を合わせ歩く。そのまま暫く踊ればそろそろ相手が変わる頃だ。

「もう次だね」

「はい」

「じゃあね、寶井くん。楽しかった」

俺もです、そう口に出そうとしたけれど満谷先生はするりと次の相手の元へ行ってしまった。踊りの流れを乱すわけにもいかなくて返事ができないまま歩いてきた涓と踊る。いつも話している相手なんだから気軽で楽しめる筈なのに、意識が隣から離れてくれなくてつい視線をそちらへ向けてしまう。視界に入るのは先生が俺以外の人と手を取って踊る姿。さっきと変わらず楽しそうにしているそれが何故だか酷く苦しい。目の前の涓が怪訝な顔をして久貴?なんて声を掛けてくれた。体調が悪い訳でもないのに心配されるのは申し訳なくて何でもない顔を作って笑いながら口を開く。

「はは、大丈夫。ちょっと踊りっぱなしで目回ったかも!」

「はぁ……しっかりしてよ」

「りょーかーい」

「なにその気の抜けた返事」

「ごめんって……お、そろそろ次だ」

「じゃ、無理しないでよね」

「はいはい」

笑い声が響く。周りの音も楽しげで、賑やかで、明るくて。それなのにどうして俺はここを今すぐ抜け出したいなんて思うんだ。もう居ない隣を気にして心臓が痛むなんておかしいだろう。


──何なんだ、これ。