『忘れないでと願う弱さ』
「ごめん」
ペンを落とした。いつも通り空き教室で必要なフェイク情報の書き出しをしていた時だった。窓から差し込む西日をカーテンで遮っているこの部屋は少し薄暗く、手が滑ってカツンと音を立てる。面倒だと思えば手を伸ばそうとする前に目の前の金髪が視界から消えまた顔を出した。手にペンが戻る。この時の俺はきっと、どうかしていた。黄昏時の虚しさが何処と無く漂う哀愁がそうさせたのか、弱い心がふと顔を出して勝手に言葉を吐く。
「あは、気にしなくていいのに」
ゆるりと瞳を細め"ごめん"なんて珍しいね、と話す声を聞きながら目を合わせる。ペンの事じゃない。あの日、お前の誕生日を祝えなかった後悔を。変わってしまった自分とお前との関係性と。全て。
忘れたままでいい。
忘れないで。
思い出さなくていい。
思い出して。
矛盾した想いがどれも嘘ではなくてだからこそ気が緩んで、許されたいと願ってしまった。
「ごめん、」
あの日行けなくて。
今のお前にこの謝罪の意味は伝わらないと知っているのに、自分の罪悪感を軽くする為にこうして何も知らないお前に告げるこれは、ただの自己満足でしかない。何が兄だ。そんなものを名乗ることすら馬鹿げている。だから、だから全部忘れたまま此処にはもう。
「くーくん?」
そう思うのに、お前のその声が、呼び方が。
どうしても捨てきれなくていけない。
お前が覚えていてくれたら、今でも俺はお前の近くにいられたのだろうか。