『ガトーショコラ』
ぐるり、卵黄に砂糖を加えて混ぜる。ざりざりと砂糖をすり潰すように手を動かしマヨネーズ程度の硬さになるまで滑らかに。手早くけれど慎重に。
じゃりじゃり、ざりざり、ぐるりぐるり。
砂糖と溶かしたチョコレートの甘いにおいがする。
蜂谷は、美味しいと笑ってくれるだろうか。
7月も半ばを過ぎた頃。高校時代は夏休みとセットでこれでもかと積まれた課題があったものだが、今では約2ヶ月の長い夏休みと大した量もないレポートその他数種の課題があるのみで休みの日数と課題量が明らかに釣り合わない。世の大学生はバイトばかりしていて平気なのだろうかと昔は感じていたけれど、なるほどこういう事かと去年の今頃やっと腑に落ちて例に漏れず自身もバイトに明け暮れていた。作業に飽きて休憩がてらにぼんやり過去を思い起こしていれば、ふいに近くで聞くともなしに聞いていていた数人の賑やかな集まりに声を掛けられる。それから肩に軽い衝撃と重さ。椅子に座った姿勢のまま衝撃のあった隣を見上げれば大学に入ってから何かとつるんでいる友人の姿を認識し、雑に押し返す。この距離が落ち着くのはひとりしかいない。
「なあ伊代田〜お前もそう思うだろ!?」
「え、何が」
「だからぁ俺がアイツに振られた理由が、って何これ。お菓子作りでもはじめたわけ?」
「あー.......うん、そんな感じ」
フラれたフラれた!と騒いでいた友人は気づかなくていいものを、誰も自分の手元など詳しくは見ないだろうと高を括って広げていた数冊の本を手に取り、ぱらぱらと捲り始めた。「はじめてでも作れるカンタンおやつ」「初心者向けスイーツレシピ」などと分かりやすい文字に色とりどりのスイーツの写真が載せられているそれを見れば嫌でも目的がわかるというもので。友人の意外そうに瞬く目にやはり部屋に帰ってから読めばよかったと誤魔化すように笑う。
「甘い物好きのイメージねぇけど、もしやお前カノジョ、」
「いないから」
「っていねーのかよ!ええ〜なんで始めたか分かんねぇけど、蜂谷なら甘いの好きだし作れそうじゃね?仲良いんだし教えてもらえば」
「聞けたら苦労しないっつーの」
「はあ?何ぼそぼそ喋ってんだよ」
俺に聞これるように喋れよなどとわあわあよく喋る友人を尻目に机へ突っ伏す。顔を隠すために腕を組むように動かし眠いんだよなんて眠気など無いのに瞼を閉じて言う。おい、伊代田!と不満げに肩を軽く揺さぶられるがこれ以上話を広げたくない。大体、渡す本人に聞いたら意味が無いだろ。言えない台詞を飲み込んで寝たフリを決め込んだ。腕で頭を囲うようなこの体勢なら周りの音がすこし遠ざかるような気がした。
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