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愛のカタチはいろいろあっていい〜母と娘の関係編

金婚式祝いの記念写真撮影の別れ際のこと
「息子くんの大学、一緒に行く?千夏も娘ちゃんも、まだに行ったことないやろ?」
と母に誘ってもらって、初めて息子の大学&寮を訪ねました。

息子がちゃっかり
「ばあば、大学まで車で送ってもらえる?」
と母に頼んでいたんです。

そのときの母の行動に、自分との大きな違いを感じることがありました。
今日は「愛のカタチはいろいろあっていい〜料理編」の続編です。

やっぱり母は料理を作ってくれました

↑こちらの記事に書いた
(もしも料理上手な母が私の立場だったら、
 息子にリクエストされなくても、手料理を送るだろうな)

予想通り、母はポテトサラダを息子に持たせてくれました。
それも、我が家の分まで!

そして、母の車から降りた息子が手にした荷物の大きさにも、びっくり。
長崎に住む伯父が送ってくれたという角煮丼のレトルト、お米、お菓子などが入っているのだとか。

「さすが、お母さん。ありがとう」
と母に伝えた私は、ふと思いました。

こんなとき、人によってはネガティブな感情が浮かぶかもしれないって。

そこで、私が母に、素直に感謝できた理由を考えてみました。

私は、
料理上手な母と自分を比べることがない。

母は、
息子のリクエストに基づいて行動してくれている。
私との距離を適度にとってくれている。

今回の息子への食材プレゼントにしても、母は息子に「要/不要」を確認した上で選んでくれています。

私としては、母が息子(祖母から孫)に料理を持たせてくれることは大歓迎ですし、母から「母親であるあなたがやらなきゃ」と言われることもなく、ストレスフリー。

ありがたいことです。

これが義母との関係だったら?

でも、もしもこれが義母だったら?

(え?お義母さんが手料理を?
 それって、母親である私がしなきゃいけなかったんじゃない?)
なんてことを考えて、嫌な気持ちになっていたかもしれません。

さらには、
(そんなこと、してくださらなくていいのに。
 まるで、何もしない私が責められているみたい)
と考えたかもしれません。

事実は
「祖母が孫に手料理を持たせてくれた」
「お米やお菓子などの食材を届けてくれた」

ただ、それだけ。

そこに私は介在していないのですから、「責められる」要素なんてあるはずもないのに、ね。


と、ここまで書いて、気づきました。

私と母に軋轢が起こらないように、それぞれの特性を踏まえた息子が、うまい具合に甘えてくれているんだなあって。

\愛のカタチは いろいろあっていい/

それを引き出してくれる、母にも息子にも、感謝です。


幻想に囚われなくていい


……ここで、また一考。

かつては
「母親たるものこうでなくちゃ!」
「でも、私にはできない……」
と自分で自分を苦しめていた私ですが、

今では
\愛のカタチは いろいろあっていい/
と心の底から思えるようになっています。

今ならきっと、義母ともうまくいきますね。

事実を自分がどう捉えるか?という
〈認知〉が〈思考〉を生み、
〈思考〉が〈感情〉を生む、のですもの。

「義母が〇〇って考えるんじゃないか?」
なんて幻想だし、
「私がしなきゃ」
なんて考える必要も、ないですものね♪

ものごとをどうとらえるか?


認知を変えることで、
考え方が変わり、
感情が変わり、
親子共々、とっても生きやすくなりました♪


自分軸でしなやかに生きよう!
あなたのドリームサポーター
御影石 千夏(みかげいし ちなつ)

▼思春期の子どもとの関係が良くなる8つの質問


▼「人生で最も大切に思うこと」を言語化して〈自分軸〉で生きよう♪

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