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オンライン配信中に災害が起きたら?

夏の終わりが近づき、技術カンファレンスに脂がのって美味しくなる季節が近づいてきました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

だいぶ前ですが、福島県および東北・関東近辺にて最大震度6強の地震が発生した際、「配信に張り付いて避難が遅れる人が出る」可能性を考慮してすぐに避難を呼びかけ配信を終了させる対応を行った配信者が話題となっているのを観測しました。

私はこれを大変素晴らしい対応と捉えており、即座に対応を行った配信者に敬意を表します。自分の安全だけでなく、多くのファン・視聴者の安全を考えないとこの行動はできないと思います。

私はイベントのスタッフのお手伝いをしていることが多く、特にCOVID-19の流行で様々なイベントがオンライン化しだした去年、私も例に漏れずオンライン化したイベントの配信を行うチームにいることが多々ありました。その中で、そもそも緊急時の対応をしっかりと定めているイベントがどれほどあったでしょうか。はっきり申し上げますと、私の関わった配信イベントで、そのようなことを考慮しているイベントは存在しませんでした。私の見聞きした範囲の中で、緊急時の対応に触れるやりとりや文書は見た記憶がありません。

イベントのオンライン開催を行う以上、(主に日本語での開催であれば)主に日本全域からの参加者が見込まれているわけであります。日本語での開催であれば、日本全国が「会場」として想定されている状況です。であれば、主催者側は、配信会場やスタッフ・スピーカーの自宅など、「配信・運営に支障のある範囲」に限らず、その外側、日本全域くらいには目を向けておく必要があると私は考えています。

実際、私が司会を依頼されていたイベントでは、組織の方針や指示に関わらず、緊急時(特に地震速報を受信した時)のためのスクリプトを用意してすぐに取り出せる準備をしてきました。また、同様のテキストをテンプレートとしてスニペットに登録し、いつでも自分で読める・運営Slackや配信プラットフォームに投下できる準備までして本番に臨みました。

一方で、私が関わったほとんどのイベント主催者は、「(配信拠点である)東京やスタッフ・スピーカーに影響のない大規模災害が起きた時の対応」などというifの話に全くと言って良いほど興味がなく、ただただ日々積み重なるタスクを淡々とこなしていました。オンサイトでの開催で参加者が多く来る時は、設営時に当日の避難経路の確保や安全確認を入念に行うのに、スタッフだけで配信拠点を設営してる時には誰一人そのような動きをしている人を見たことがありません。

そして、昨年開催されたとある技術カンファレンスイベントの開催中、実際に国内にて地震が発生しました。規模としては最大震度5弱と中程度のもので、被害は小さく、また配信拠点である東京・渋谷はわずかな揺れも観測されませんでした。そして、イベントは何事もないかのように進行がなされました。

このとき私は「今回は何もできなかったが、今後は何かしら配慮した対応ができないか、検討してみないか」と言った提案を運営Slackに投下しました。

2020年暮れ、某日夕方、青森県で最大震度5弱の地震が発生

この日はとあるプログラミング言語を扱った技術カンファレンスがオンラインで開催されていました。トークの言語は主に日本語で、日本全域をはじめ、海外からも多くのスピーカーが登壇している、日本国内で最大規模の技術カンファレンスです。

このカンファレンスは、機材や運営の都合から、スタッフのみを集めた配信拠点を設営し、スピーカーや参加者は各自の自宅などから参加をする方式のものでした。

スタッフは、ほとんどの人がその前年までの大規模なオンサイトでのイベントを創り上げてきたベテランたちです。人員の誘導や会場内の安全の確保は、息をするかの如く身体に染み付いているはずです。ところが、昨年のオンライン配信拠点設営では、避難経路の確認などを行っている人は、私の見た中では観測できませんでした。きちんとやってる人がいたらごめんなさい。

そしてカンファレンスの開催中、見出しの通り、青森県で最大震度5弱の地震が発生しました。普段発生する自身の中では大きめの部類で、決して安全とは言えない規模の地震です。

私はこの時司会やアナウンスを担当していませんでしたので、特に特別な対応をすることはありませんでしたが、これはオンラインイベントにおける別地域の災害発生時の運用を見直すきっかけになるのではと思い、運営Slackに以下のように投稿しました。

東北で強めの地震があったみたいですね
オンライン開催だと全国からの参加が想定されるので、東京に影響がなくても何かしら配慮してあげてもいいかもしれませんね

オンライン開催、ターゲットは日本全国の方ですから、配信拠点の東京に影響がないからといって他地域の人を心配しない理由にはなりません。この時の地震は十分に被害が小さいものでしたが、それは一つの結果に過ぎませんし、またいつ大規模な災害が発生するかわかりません。もし今後、参加者の身に危険が及ぶ可能性がある災害が発生したことを検知した場合は、冒頭で述べた配信者の事例のように、「安全を確保してください」と伝え、中断する選択肢もあります。

これに対して返ってきたのは、今後もし災害が発生した場合にどうすれば良いかを考えるものではなく、ごくごく個人的で参考にならない、以下のような意見でした。

東北では、震度5弱程度は日常茶飯事
東京で震度3と同じくらいの感覚

これでは思っていた方向の議論に進まず、ただただ「今回は規模が大したことなかったので終わり!次?知らなーい!」という形で終わってしまいます。方向修正のため、続けて以下のように投稿しました。

主に国内全域からの参加者が見込まれる以上、速報が発令された時点で当該地方の方に安全の確保を促すようなメッセージを発信しても親切かもしれないな、と思った次第であります

「国内全域に参加者がいる状況なので、参加者の安全確保を促しても親切だよね、どう?」と、改めて提案をしたのです。もちろん、議論の末に「今後も運営に支障がなければ特に対応しない」といった結論になることも想定していますし、組織としてそのような決定がなされるのであれば尊重します。ですが、これに対してさらに以下のような意見が返されました。

東北には東北の感覚があり、他の地域と震度2ほど感覚が違うので、そこは尊重いただきたい

もう誰も「東北・震度5弱の地震」に限った話などしていません。にも関わらず、個人の感覚を「東北全体の感覚」とすり替えて、まるで震度5弱の地震に対して避難を呼びかけることが失礼なことであるかのように扱われ、挙句それを「尊重しろ」とまで言われ、議論を遮られてしまいました。そしてその意見に違を唱えるものも、また対応を検討すべきだというものも他に誰もおらず、この議論はそれ以上発展することなく、幕を閉じました。

もともとただのボランティアのスタッフですし、そこまで思い入れのある組織ではありません。この時点でこの組織から私の気持ちは遠く離れていました。別にこれ以上わざわざこの組織に寄与することもありません。議論を通して今後のイベントをより良いイベントにしていこうという気持ちもどこにも残っていませんでした。

国内での災害発生時、イベントの主催者はどのように行動すべきか?

この組織はこの件について特に議論をする気もなかったみたいなので、以上の事例は大変参考にならない良くない例です。皆様の組織ではこうならないよう、少なくとも議題にあげていただき、緊急時の対応を考えてみてほしいと思っています。

オンラインでの開催となったことで、オンサイト時のように人員の誘導や避難経路の案内をする労力が不要となった一方、イベントの参加者が日本全国いろんな場所にいる状況となりました。見方によっては、全国に配信されているテレビ放送と全く同じと言えなくもありません。

「イベントの主催者」として、「イベントの参加者」の安全の確保をどのようにすべきか。イベントという特性などから、「配信の視聴を継続したい」という心理が働き、結果的に避難の遅れにつながることも考えられます。これに対しては、配信を一時的に中断し、再開の情報はしっかり他媒体(Twitterなど)でお知らせすることを呼びかけ、避難してもまた安心してイベントへの参加を再開できる環境を作ることが有効であると考えます。

これを踏まえて作成した、私が常にスニペットに仕込んであるトークスクリプトをご紹介します。必要に応じて順番を入れ替えたり削ったり繰り返したりして読み上げることを想定しています。

ただいま{{pref/area}}への緊急地震速報を受信いたしました。

安全のためトークは一時中断とします。
 該当地域の方は強い揺れに警戒してください。

怪我をしないように身を守ってください。
 倒れやすい家具などからは離れてください。

スタッフ・スピーカーを含む全参加者は
 地域に発表された緊急地震速報などを確認し、
  該当地域の方は身の安全の確保を第一に行動してください。

{{pref/area}}への緊急地震速報が出ました。
 安全のためトークは一時中断しています。

地震に関する詳しい情報については、
 信頼できる機関による地震の情報を確認してください。

身の安全の確保を第一に行動してください。
 安全のためトークは一時中断しています。

イベントの再開について
 {{event/org}}公式{{media}}などでお知らせいたします。

これよりしばらく配信を中断します。
 地震に関する詳しい情報は、
  信頼できる機関による地震の情報を確認してください。

イベントの再開について
 {{event/org}}公式{{media}}などでお知らせいたします。

最後に:「対応しない」という意見や決定も尊重すべき

「報道機関ではないので、命に関わる誤った情報を発信する可能性のあることは一切しない。」というのも、組織や参加者を守るために正しい考え方です。組織としてこのように決定するのであれば、それは尊重されるべきであります。オンサイトでの運営と違い、現地にいない参加者に対する情報の発信・避難の呼びかけは、配信イベントの運営に課せられた義務ではありません。ましてや、何も行動を起こさなかったとして非難されるべきではありません。

どのような行動をとった場合にもリスクやデメリットはあります。トロッコ問題のようなもので、正解はないだろうと考えています。できるだけ皆が安全に行動できる方向に向いてほしいですし、少なくとも対応を検討する機会くらいは設けて欲しいと願います。

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