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【短編】鉄格子のついた窓、小さな部屋

小さな部屋には、金属の扉と白い机とパイプ椅子、あと鉄格子のついた窓があって、その窓からは警察署の前に並んだパトカーの列や入り口に立っている警察官の人、通りの向こうにある飲食店などが見えるのでした。

あの飲食店には、学校帰りに何回か立ち寄ったことがありました。飲食店の窓からも警察署が見えたはず。でも、警察署のなかに自分が入ることは想像もしていませんでした。

続きを話してくれるかな、と目の前に座る警察官の人が言いました。すごくまっすぐ目を見る男の人でした。私は、先ほどまでのように、あの日あったことを話し始めました。警察官の人は、カタカタとパソコンで調書を取っていきました。嘘は得意でしたが、嘘はつきませんでした。さすがにもう誰も騙せないだろうと思っていました。

私には、どうしても許せない人がいました。いいえ、許せない人、というよりは許せない人種といったほうが正しい気がします。教室で大声を出して、他人を傷つける言動をして、誰かに迷惑をかけることで自分を保っている。なぜか周りもそれを許してしまう。自分ができないことから逃避して、叫んだり暴れたりする。なぜか周りも許している。あの人も、そんな人種でした。

なんで、あの人が許されるのか。私はずっと疑問でした。私は許せなかった。だから、あの日、学校の帰り道、私は、あの人に会ったとき。

警察署から帰ってきてから数日経って、何であの人を許せなかったのか思い出せないことに気づきました。許せないことが確かにあったはずなのに、もうその輪郭さえも分からなくなったようでした。あの日から、私の身体はふわっとして、頭はぼぅとして、視界が白くぼやけていました。そんな状態でも、私は学校には通い続けていました。まるで、何も、何もなかったように。

警察署に行った日かその次の日だったでしょうか。担任の先生が家にきました。私は、ただソファーに座って、母と先生が話しているのを隣で聞いていました。あの日のことを母が話し、あの人の状況を先生が話したあと、母は、この子は心の闇があって。と言い訳するように言いました。


心の闇。


なんて粗くて、薄っぺらい言葉でしょうか。

母は私のことを何も見ていなかったのだと気づきました。母は忙しいので、仕方ありません。母が見ていたのは、私ではなくて、私の嘘だったのでしょう。母の願望だったのでしょう。ただ、私ではなかった。

図書館で読んだ、哲学者の人の本を思い出します。その本には、経験が"私"を作ると書いてありました。経験こそが"私"そのものだとも書いてありました。

だとすれば、あの日のこと、鉄格子のついた窓のある小さな部屋も、私として一生残り続けるのでしょう。罪自体が私となって、私のしたことが本当に許されることはない。そもそも私が、私のしたことを許しが必要なことだと認識できていない。罪だとは分かっています。反省しなくては、と思います。でも、心が麻痺しているのか、うまく自分がやったことを振り返れないのです。だからあの小さな部屋は、私として一生残り続けるのでしょう。

そして将来、私のなかの小さな部屋が私を狂わせていくのでしょう。幸せになろうとしたとき、いい人になろうとしたとき、誰かに愛されたとき、誰かに許されたとき、私のなかの小さな部屋が、暗く揺らめくのでしょう。私は逃げ出すのでしょう。目の前の人を傷つけるのでしょう。私には、その資格がないから。

そのとき私は、愛されたかったと思うのでしょうか。



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