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昔飼っていた、いぬの瞳の色を思い出せない。

随分前から、苦しいと感じている。
息を吸っても吸ってもからだには入ってこない。
知らないうちに、私のからだにはたくさんの穴があいていて、どんどんわたしの中からわたしが抜けていっているのかも知れない。

本を読んだり、絵を描いたりしているときだけ、上手く息が吸える感覚があったけれど、最近はそのどちらも手につかず、居心地の悪い場所でゴロゴロ寝返りをうっているような日々。
わたしがこんな無様な姿になったとも言える、1つのきっかけの話をする。

昔いぬを飼っていた。
わたしが1歳の時に家にきて、高校二年生の時に死んだ。わたしの人生には、ずっとこのいぬが居た。

いぬが弱ったとき、わたしの家は借金の問題に直面していた。わたし自身高校生で、とてもアルバイト代では動物病院代はまかなえなかった。
結果、弱ったいぬは、ろくに病院にも行けず死んでいった。
当時のわたしの家庭は、全員生活リズムがバラバラで、全員が家に集まるのは、週にいちにど、夜中の3時位の限られた時間だった。
いぬは、みんながいる時間に死んだ。ろくに病院にも連れて行けない最悪な飼い主たちが、わざわざ集まっている時間に死んだ。
これがいぬにとっての、愛情なのか、憎しみなのか分からない。

死んだいぬの体温が消えていくのと同時に、わたしの中のなにかも死んでいった。
いぬが死んだあとも、わたしは飯を食い、風呂に入り、眠って、そして起きた。

もう二度と起きることの無い存在を横目に、わたしの生活は続いた。

これ以降、わたしは自分自身が病院に行くことに不信感を感じるようになった。
いぬが行けなかった病院に、わたしは行く。これほど、醜いことは無い。

いまのわたしを見たら、いぬはどう思うだろう。

そもそも、わたしをその瞳に映してくれるだろうか。

鮮やかな茶色だった気もするし、澄んだ黒色だった気もするし、白く濁った青色だった気もする。

次会うことがあったら聞いてみたい。最後にどんな景色をみて、どんな事を思ったか。

わたしは、死んだいぬの瞳の色を思い出せない。

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