カメラ(対人以外)について

こんにちは。めぐさんです。

大切な人がカメラを趣味にしており、私もカメラ沼に片足をずぶずぶ引きずり込まれています。
これ以上ハマったら借金をしかねないのでこの辺にしておきたいのですが、写真を撮れば撮るほどその奥深さに気づいて機材も気になるようになってきました。沼です。

そんな私はどの程度の知識とレベルなのかと言うと、やっとf値・シャッタースピード・ISO感度とは何かを覚えたぐらいです。なにせまともに写真を取り始めたのは先月からなので。

そもそも撮りたいものを探すのが一苦労、いい構図を見つけるのに一苦労、設定いじるのに一苦労、一見いい感じでも帰って編集していたらぶれていたりピントが外れていたりとぐちゃぐちゃになりながら撮っているのに、なぜかまた撮りに行きたくなる。

苦悩に苦悩を重ねるその過程すら楽しいんです。奇跡の1枚は本当に1枚でいいんです。

元々絵を描いたり可愛いものをスマホで撮ったりするのは好きでした。人を撮ることには関心がありませんでした。私が撮られるの好きじゃなかったので。

今回は人以外を撮ることについて書きます。

カメラという趣味をいまいち理解できなかった理由として、あまり自分で創造している感がなかったことなんです。
既存のものをいい感じに撮って、それで何になるんだ?という。確かにいい写真だけれど、それってモノが良いのであって…という。
今は勿論違います。

写真って、自分が美しいと思った世界を最も美しく見える形で遺しておくものだと思うんです。

写真を撮るとき、お散歩をします。
そこで美しい、素敵だ、と思った情景を頭の中で切り取ります。
切り取って、どうやったら写真の主役が美しく見えるのかを試行錯誤します。

背景はどれぐらいボケてた方がいいのか、この角度でいいのか、この構造でいいのか、明るさこれでいいのか。

そしてシャッターを押して、ああ、ここはもっとこうした方がいいなとなり、また繰り返します。

写真が楽しくない人からしたら意味がわからないと思います。一発で素敵な作品を生み出したい人からしても意味がわからないと思います。

この試行錯誤がとんでもなく楽しいし、試行錯誤が上手くいったら脳内麻薬が出てきます。

そして帰ったら編集です。
角度を調整し、彩度や明るさやホワイトバランスなどをいじり、最も美しく見える色彩を探します。

この時に「この時この設定にした方が良かったな」「この時ピントが惜しいな」「ブレてるな」「よく見たらガビガビだな」ということが起こります。編集をする時は後悔ばかりです。病みます。

病むのですが、それと同じぐらいまた撮りたいになります。反省点がいっぱい出てくるので、試したくて仕方がなくなります。

そんな過程を少しずつ繰り返し、いい写真になっていく(と言われています)。

私は今よりもっと上手くなるのが楽しみで仕方がないです。私が撮ることで素敵な世界が遺るんです。それってワクワクしませんか?

いずれ編集も込で自分の世界観を確立して、
「めぐさん(ちゃん)の写真、世界観が好き」
と言ってもらえるのが理想です。
ぼんやり描いている理想が現実になる時まで、のんびりカメラを楽しみたいです。


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