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ドアの向こうへ vol.26

由美子は父の落語カフェで上げる演目を考えていた・・・あ、そういえばカフェの名前って聞いてなかった・・・父もあえて言ってなかったから聞きそびれていた。
行ってからのお楽しみにしておこうかな。
そうしようと、演目を考え出した。
そうだ、お母さんのことを元にして【へっつい幽霊】にしてみよう・・・【へっつい】とはカマドや七輪の事を言う、今はその事も知らない人がいるだろうからガスレンジか電子レンジまたは電磁調理器に変えて噺を作ってみよう・・・夢中になって話を創作して気が付いたら窓の外が明るくなっていた。
時計は午前4時少し過ぎていた。
「ふー・・・よし、できた」あとはこれを師匠に聴いてもらって修正しよう。
「う~ん」といって座ったまま背伸びをした時だった。
「由美ちゃん」と後ろから呼ぶ声がした。
「え?お母さん・・・なの?」ふり返ってベッドの方を見る。
「駄目ね、幽霊らしく、声色変えたけど、バレちゃった・・・」
すーっと影が濃くなって母がベッドに座っていた。
「え?声色使ったの?いつものお母さんの声だったよ」
「あら、そうだった?あははは・・・」といつもの調子で笑っている。
「なぁに、私をダシに使うのね」
「あれ?・・・もうばれてるし・・・」
「そうよ、いつも由美ちゃんのことを見てるから」とまた笑った。
「今度の日曜日、楽しみだわ、崇さんも喜んでるわね」
「すごいよね、お父さん。自分で落語カフェを始めるなんてね。迷ってるお父さんの背中を押してあげたんだってね、お母さんが」
「そうね、ずっと咄家になりたかった人だったから、退職してからだと、間に合わないよって、今やらないなら私の分の年金返してって半分脅したわよ」
「わぉ・・・まさに、へっつい幽霊だわ」
「そうね・・・あははは」今度は二人一緒に笑った。
「由美ちゃん、二つ目になったんだってね。おめでとう、すごいことだわ、師匠のとこで何年になるっけ」
「ありがとう、お母さん。ちょうど丸4年になったところ」
「そうか4年か、その年月で二つ目ってすごいことなんじゃない?」
「うーん、私は良くわからないけど、師匠も兄さん達も小屋主さん達も二つ目でいいと言ってくれたから・・・ありがたいことだと思っているの」
「そう皆が認めてくれているのね。安心したわ。お稽古の邪魔をしちゃったわね。それじゃ日曜日にね」
「ううん、邪魔だなんて、そんなことないよ
いつでも来てね・・・じゃぁ日曜日に」
と、こう告げると、母は優しく笑って消えていった。
ありがと、お母さん・・・安心したせいなのか、急に睡魔が体を覆っていつの間にか眠ってしまった。

師匠が呼んでいる。
「さくらさん、さくらさん、ちょっといいか
しら?」
玄関掃除の途中だったが、師匠の部屋へ行き
「師匠、おはようございます」と声をかけて襖を開けた。
「はい、おはようございます。さくらさん」
「ちょっと相談があるんだけど、今度の日曜
日、空いてるかしら?私の高座があるんだけ
ど急に葬儀になっちゃでしょ・・・代わりに
高座頼めるかしら?」
「え、ご葬儀ですか?どちらさんの?」
「え、誰のって?・・・からかいは止しとく
れよ、さくらさん、長く使っていたへっつい
に決まってるじゃないかい」
「へ、へっつい?ですか・・・」
「そうだよう、さくらさんも随分と世話にな
ったでしょ、あのへっつい」といって、師匠
が扇子で土間にあるへっついを指した。
あれ?師匠のところ土間だったっけ?・・・

  「で、どうかしら、高座頼めるかしら?」
あぁ、日曜は父の落語カフェで高座が入って
たんだ・・・
「はい、師匠。師匠の高座は日曜日何時から
ですか」
「私の高座は鍵本で夜の部のトリだよ」
ということは・・・父の落語カフェの高座は
昼の予定だから何とか間に合うな・・・
「承知いたしました。夜の部トリの時間は間
に合います。ますが、私がトリを持ってよろ
しんでしょうか、師匠?」
「何言ってんだい、さくらさん、よろしいも
なにも、さくらさんも、真打ちだもの良い
に決まってるじゃない」
「え?私が真打ち?・・・」二つ目になった
ばかりじゃなかったけか?と戸惑っていると
・・・
「寝ぼけてることを言っちゃって、またまた
得意のボケてんだね、やだよ、さくらさん・
・・」と師匠が肩を叩いた、はずだった。
だが、師匠の手は私の肩をすり抜けた・・・
「えっ・・・」と驚いて師匠の顔をまじまじ
と見返してしまった。
「やだよ、さくらさん、幽霊でも見てる顔し
ちゃって・・・ほらこの通り、足は出てない
よ」と言って笑っている。

     足元を見ると、師匠の足が消えている。
「師匠、・・・・????」
「ま、ともかく頼んだわよ代わりの高座、そ
うだ、せっかくだから、演目はへっつい幽霊
にしてくれるかしら」こう言って笑って背
中を向け隣の部屋へ消えて行った。
「師匠、師匠、いったいどうなっているんで
すか?」
「あはははは」声だけが響いてくる。
「師匠、足が消えてましたよ・・・」
「頼んだわよ~、さくらさ~~ん」と声色を
使っている。母の声に聞こえた。
「え?お母さんなの・・・私をからかってる
の?」
「フフフ・・・」それはどうかな?
今度は父の声だ・・・
「あはは・・・さくら~・・・フフフ・・」
部屋中が声でいっぱいになってくる。
どうなってるの・・・誰か教えて~~~
っと叫んだ時にその声で目が覚めた。
「わぁ・・・ゆ、夢だった・・・」

   心臓がまだ早鐘のように脈打っている。
「・・・・・・・」
「良かった、高座がダブったからどうしよう
かと思っちゃったよ」
今日から土曜日までの三日間鍵本亭の昼の部
と八峰亭の夜の部が入っている。
「支度しなきゃ」
そろそろと起き上がって、今見た夢を、思い
出しながら、寝ぼけ顔の自分を洗面台の鏡で
見ていた。

《続く》

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