ゆかりある日記 その22

死んでいたのかもしれないと思うほど、ここ1週間の記憶がない。ゆかりさんの演劇の稽古が本格化してから僕の記憶は薄い。ようやく目が覚めたように脳がぐにゃりと回転をし始める。今まではたぶん僕は人形だったのだろう。
ゆかりさんは台詞を覚えなければいけないため、部屋でうろうろしながら何かを喋り、歯を磨きながら何かを喋っている。覚えるの大変だなあと、僕は実際にあった事件を元にした小説と、実際には存在していない事件の小説を交互に読んでいた。
台詞を聞いても特に何を言っているのかわからないので気にせずいたら、聞いてるの!と言われた。台詞なのか、どうなのかわからないので、ゆっくりゆかりさんを見ると、こちらを見ていて、台詞じゃないことに気づく。
お風呂に入っている時も、シャワーの音に混じって念仏のような音が聞こえた。ゆかりさんに悲しいことでもあったのだろうか、と声をよく聞いてみると台詞だった。
風呂上がりのゆかりさんは僕の前を「筋肉痛だな、これは」と腰を触りながら歩いていた。台詞だな、と思ったらもう一度、腰を触りつつ僕を見て「筋肉痛だよ、これ」と言ったので、台詞だなと思ったことを撤回、僕に向けての言葉だと思い、大変だねえ、と曖昧に返事をする。
大変なのは僕だ。ゆかりさんは台詞とそうじゃない言葉を同時に話す。ゆかりさんに虚構はない。

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