見出し画像

【分析】隠れSaaS企業のバリュエーションを探る

月額有料マガジン「企業データが使えるノート」では、

「アナリストにSaaS企業分析・データ作成をアウトソースできる」

をコンセプトにSaaS企業に関するデータ・コンテンツを発信しています。
* 詳しくはコチラご覧ください

--------

―― SaaS企業として認知されていない企業は?

大型のIPOが続いた2019年に引き続き、時価総額1,000億円を越えたプレイドや、ノーコードで注目集めるヤプリなど、2020年もSaaS企業の新規上場が注目を集めました。

年初からはHENNGEやAI Insideなどのバリュエーションが大幅に伸び、フリー、ラクスの時価総額が4,000億円を越えるなど、SaaS企業が際立ったパフォーマンスを見せた一年となりました。

一方で各社のマルチプルに目を向けると、2019年までは主要SaaS企業の平均PSR10倍程度だったものの、2020年12月末時時点では20倍を超えており、今後「SaaS企業全般で株価が上昇する」という状況は起こりづらいと想定されます。

国内

* 国内主要SaaS10社のPSR平均推移

隠れSaaS企業を探せ

IPO企業をはじめ、「SaaS銘柄」として注目された企業は既に高いマルチプル水準となっています。

一方で、もともとの主力事業からSaaSやクラウド事業主軸へと転換しつつも、まだ市場からは認知されず、既存のSaaS企業ほどのバリュエーション評価がなされていない企業が一定存在するのではないかと考えています。

当記事ではそれらの企業を「隠れSaaS企業」と名付け、分析していきたいと思います。

SaaSバリュエーションの要件

SaaS企業では利益に対する時価総額評価であるPERではなく、売上高に対する時価総額の倍率であるPSRで企業間のマルチプルを比較されることが多くあります。

これは(特にSaaSスタートアップにおいては)成長期において将来の収益を最大化させることがSaaSの定石であるため、例え赤字であっても人件費や広告宣伝費を先行投下し売上成長を優先するためです。(それに伴って利益をベースとしたPERの使用は難しい)

このような背景がありつつ、市場からSaaS銘柄としてPSR10倍以上の評価を受けるには、以下の要件が必要だと考えます。

■ SaaS銘柄としての評価されるための要件

-----PSR10倍台の要件-----
① BtoB向けのクラウドサービスを継続課金形態で提供
② SaaSビジネスがビジネスドメインの中で"少なく"とも20%以上を占める
③ ARR10億円規模以上のサービスである
④ 売上高(ARR)成長率が20%を上回る
⑤ SaaS企業としての認知を受ける

-----PSR20倍台の要件-----
⑥ 海外投資家比率が高い
⑦ ARR50億円を超えても30%以上の高成長推移、それ以下のARRの場合は50%成長以上のハイグロース

① BtoB向けのクラウドサービスを継続課金形態で提供

クラウド型のBtoBサービスを提供する企業は2000年代からありますが、都度課金や買い切り型のコンテンツを提供するサービスも多く存在します。

SaaSは継続的な利用を前提とする売上の積重ねを根拠にバリュエーションがなされているため、サブスクリプションモデル(ストック)が収益のメインでなければ、SaaS企業としての評価を受けることは難しいです。

② SaaSがビジネス比率を最低でも20%以上を占める

SaaS以外のビジネス比率が大きい場合、ピュアなSaaS銘柄としての評価を受けられない、もしくはSaaS企業として認知されづらいと言えます(実際に某SaaS企業のIR担当者の方からもそのような状況にあることを伺いました)

マルチプルは同様のビジネスであるからこそ比較・適用が可能であり、SaaS事業比率100%のマルチプルをSaaS事業比率比率50%の企業に適用できないことはイメージいただけるかと思います。

また仮に上記状況の場合、50%のSaaS事業に対してのみSaaSマルチプルが適用されるかというと、そこに対してもコングロマリットディスカウントがなされる可能性が高いです。

これは主に機関投資家の視点ではありますが、彼らは銘柄ポートフォリオを組むうえで、「SaaS企業を組み込みたい」と考えた場合、出来うる限り余計な要素を省きたいと考えます。

BtoC事業など他のビジネス要素が入ると意図したポートフォリオのパフォーマンスが出ないことが嫌気されるため、SaaS事業比率が一定以下の割合の場合、そもそもSaaS企業としてみなされないケースがあります。

③ ARR10億円規模のサービスである
④ 売上高(ARR)成長率が20%を上回る

③④については、SaaS IPOの中で最も規模が小さいrakumoの上場時点のARR(7.1億円)と成長率(27.7%)を基に考えていますが、それぞれ一定以上の規模がなければSaaS企業としてのマルチプルがつきません。

通常一定規模を超えたSaaS企業のARR成長率は毎年逓減していくと言われています。そのため、ARRが10億円規模以下で成長性が20%を切る場合その後の継続的な成長は期待できません。決算発表に対する株価の反応もシビアになっている中で、今後は、特に各社の成長率に注目が集まると考えられます。

⑤ SaaS企業としての認知を受ける

①~④を満たした上で、それが認知されることにより初めてSaaS企業としてのバリュエーションがついてきます。IPOは注目が集まりやすく、ピュアSaaS企業として上場を迎えることが多いためマルチプルが適用されやすいですが、既存上場企業の中で成長している場合、認知を受けるまでに一定の時間がかかります。しかしながら、特に③④のようにARR規模や成長性が大きくなれば必ず評価されるタイミングはきますので、そのような企業を先立って発見することが重要です。

-------

ここからは隠れSaaS企業という観点より、①~⑤を満たした上でグローバルSaaSと比較しても高い水準となるPSR20倍への条件となります。

⑥ 海外投資家比率が高い

これはどちらかというと結果的にかも知れませんが、"継続的"にPSR20倍を超えるような評価を得る際は海外投資家からの資金流入は欠かせません。

海外投資家の投資対象となる時点で既にARR規模が大きく、時価総額も高いため、評価される状況にあるとも言えますが、マルチプルが一定高くても将来の成長を見据え、長い投資スパンで保有することを許容できる投資家の存在がなければ高いバリュエーションを維持することは難しいです。

フリーやプレイドは、未上場時の資金調達からIPOに至るまで海外投資家による資本構成を戦略的に意識しており、その結果高いバリュエーションがついています。

⑦ 赤字であっても高成長、もしくは安定成長+利益

以前取材したSaaS企業の財務責任者にも話を伺いましたが、機関投資家の目線として

① 赤字であっても40%成長を超えるようなハイグロース
② 20%-30%程度の成長と一定の利益(営業利益率20%以上)
* いずれの場合でもARR30億円程度は超えていることが要件

といった、「高成長」もしくは、「安定成長+利益をしっかり出している」のいずれかに振り切っている場合、高いバリュエーションが許容できるという話が聞かれました。

いわゆる40%ルール(売上成長率+営業利益率)という考えになるかと思いますが、「成長が鈍化するのであればきちんと利益が出せる」ことを証明できることが大事であると言えます。

-----

以上がSaaS企業としてのバリュエーションを得る要件です。

ここからは、これらを踏まえ「隠れSaaS企業(候補)」について見ていきます。

ここから先は

4,381字 / 10画像
この記事のみ ¥ 780

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?