見出し画像

【注目案件】イタンジ×Housmartの買収プロセスを徹底取材

SaaS企業のM&Aが活発化している。

Primaryの集計では、昨年、SaaSに関連する企業のM&A件数は20件以上と過去最高水準を記録。今年に入ってからも、AI学習システムのアタマプラスが大手学習塾・予備校の駿台からの出資を受け入れたことも大きな話題となっている。

こうしたSaaS企業の買収・被買収が増えている背景には、2つの要因がある。

第1に、一定の規模に成長したSaaS企業が、事業を拡大するために近い領域の企業を買収する成長戦略を採用していることが挙げられる。これは、買い手の視点からのM&A戦略である。

例えば、中小企業向けの会計・バックオフィス領域でARR100億円に達したfreeeやマネーフォワードは、周辺領域の企業買収を通じて製品ラインナップを拡充し、年間30%を超えるペースで売上を伸ばしている。

最近では祖業に次ぐ成長事業の有無がIPO以降の継続成長を左右するケースが見られ、未上場フェーズでも買収を検討する企業が増えている。

このような事業拡大とは別に「売り手目線」でもM&Aを活用する必然性が高まっている。

2021年末からの新興市場株式市況の悪化でSaaS企業のバリュエーションは最高値から1/3~1/4まで低迷し、バブル期に資金調達を行ったスタートアップは、前回ラウンドの評価額を超えることができず、ダウンラウンドでの調達を余儀なくされるケースも少なくない。

調達環境や資本政策の変更が求められるなかで、既存のVC投資分などをプライベートエクイティや事業会社などに売却することで、既存株主に対してExit機会を提供するとともに、新たな株主と成長戦略を描く動きも増えつつある。

昨年末に実施された、不動産領域のバーティカルSaaS企業イタンジ・Housmart間のM&Aはこの両方の観点によって成立したディールだ。

もともとイタンジはインダストリーテック上場企業であるGA technologies社によって2018年に買収された経緯がある。その後、グループシナジーを活かしながら直近のARRが33億円に達したイタンジが、今回はHousmartを買収する立場となった。

買収価格は約25億円。Housmartは、売却前の直前期2023/09期の売上高2.8億円に対し営業利益は1.6億円の赤字、売上実績ベースの買収価格マルチプルは8.9倍だ。プレミアムを勘案しても、一般的なSaaS企業の買収価格としては一見割高にも見える。

だが本案件について、イタンジ代表の永嶋氏は「これ以上にない最高の組み合わせのM&A」だと述べる。

スタートアップ領域でも数少ないバーティカルSaaS企業同士のM&Aにはどのような可能性があるのか。

両代表への直接インタビューを通じ、その知られざるリアルに迫っていく。

永嶋 章弘 氏 | イタンジ 代表取締役社長執行役員CEO
筑波⼤学⼤学院 システム情報⼯学研究科にて情報⼯学修⼠号を取得後、エンジニアとしてニフティ株式会社に⼊社。 2014年、創業期のイタンジに⼊社し複数の新規事業を⽴ち上げ、2016年、株式会社メルカリにプロダクトマネージャーとして転職。 2018年、イタンジに再⼊社し執⾏役員に就任、デザイン部⾨、マーケティング部⾨などを管掌。2023年11月、代表取締役社長執行役員CEOに就任。

針山 昌幸 氏 | Housmart 代表取締役
一橋大学経済学部大学卒業後、株式会社オープンハウスで不動産仲介、不動産開発、用地の仕入、住宅の企画など幅広く担当。顧客にとって最適な住まい選びが出来る仕組みを構築したいと志し、2011年、楽天株式会社入社。大手企業に対し、マーケティング・ビッグデータ・インターネットビジネスに関するコンサルティングを行う。2014年10月株式会社Housmartを設立し、代表取締役に就任。

売買仲介と賃貸は全くの「別領域」だからM&Aメリットがある


—―― 不動産業界の中でイタンジは「賃貸」、Housmartは「売買」領域においてSaaSを提供されています。この2社が手を組むことには、どのような意味があるのでしょうか。

針山氏:30兆円を超える市場規模の不動産業界は、実はセグメントは細分化されていて、他の領域だと業務の在り方が全く異なります。

Housmartは住宅の売買領域をやってきましたが、同じ売買でも「投資」のことになると毛色は異なりますし、畑が違う賃貸領域であればなおさらです。

Housmartとしては、事業拡大を考える上で将来的に賃貸に進出したいと思っていましたが、別の領域でサービスをつくるには、数年単位でリソースを投下する必要があるため、なかなか踏み込みづらいとも感じていました。

中小の不動産会社は、賃貸も売買も兼業されていて、地方では特にその傾向があります。Housmartは売買専業の大手では一定程度シェアを高められたものの、全国の小規模な事業者様にも広げるための営業リソースが確保できず、この2年ほど課題感を持っていました。

こうした顧客層とも既に接点を持っているイタンジと組むことで、スピード感を持って新たに開拓していけます。また同じ不動産領域で、自ら手を動かし現場の苦しみも知る事業経験がある方と手を組めることに、強く期待を寄せました。

永嶋氏:我々は逆で、いつか売買領域をやりたいと思っていました。全日(全日本不動産協会)の会員は中小企業が中心で、売買領域のニーズも大きく、賃貸の業務システムでは片手落ちの状況でした。

一気通貫でサービス提供したいと考えていましたが、売買の業務に関する機微が分からず、またリソース配分の観点からも自社だけで取り組むことは難しいという判断を長らくしてきました。

そのような経緯を経ながら、今回、売買に強いHousmartとのM&Aが実現しました。売買では「家を購入する際に再販価値がどの程度あるか知りたい」といったニーズがありますが、これは私たちが保有する賃貸のノウハウを活用することで収益算定が可能になる可能性があるなど、さまざまな連携が考えられます。

—―― M&Aに至るまでの経緯をお聞きしたいと思います。直近期のHousmartの売上高を見ると20%成長、先行投資による赤字も計上している状況でしたが、いわゆる救済型の買収という側面はあったのでしょうか。

ここから先は

3,943字 / 6画像
この記事のみ ¥ 680
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?