『君とだけの世界線』X-Oasisファンノベル

~回想、VR内~

ドアノブを回せば、その先には僕と彼女だけの世界。

広がる海、さざ波と海鳥の鳴き声、ビーチに立つ一軒のログハウス。

二人で建てた家の中には、二人の写真が古びたフレームの中に多数飾られている。

『おかえり』
そう彼女は言う。

『ただいま』
僕は言う。

そっと寄り添い、僕の帽子と取る彼女の肩には僕の昨夜つけたキスマークが残っていた。

僕はその後にまた激しい口吻を重ねる。

その跡が永遠に残るように。

『あ…』
彼女から色帯びた吐息が漏れる。

彼女を抱えベッドに運ぶ。
昨夜濡らしたベッドは、そのままだった。

『ごめんなさい。お掃除してる時間がなくて…』

彼女は恥ずかしそうに謝る。

『いや、このままでいい…』

僕は薄暗くなってきた海を見ながら、窓をそっと閉めながらそう呟いた。

僕は、もっとこの家に君とだけの過ごした印を付けたいんだ。

君がどこに行ってしまう前に。

……………
~物理世界~

夜中午前3時、僕はPCとVRしか無い殺風景な部屋で、ぼんやりとモニターを眺め独り佇んでいた。

マウスカーソルは、【X-Oasisの思い出】と言うフォルダを指している。

Youtubeを開くと先の彼女の配信アーカイブが多数表示されている。

『遠い人に…なってしまったな』

Youtubeアーカイブとそのフォルダの作成日には3年の開きがあった。

僕が彼女に通った時間は、リアル時間にして2年。月に2回会って、あの世界でも丁度季節は2回周回していた。

彼女は、元々並行して所属していたVTuberのグループで事務所を立ち上げて、専属のVTuberになっていた。

そして、同時期に…一年前に、X-Oasisを辞めた。

今や、チャンネル登録者数24万人の大スターだ。

少し風貌に変化は見られるものの僕の知る彼女と同じ姿で、彼女は活動していた。

持ち前のしっとりとした落ち着いたトークとどことなく滲み出る色香の絶妙なバランスで何をしても人気を催している。

専属Vという立場では、元VR風俗嬢…という肩書は、当初はああだこうだと騒がれたが、事務所の後援もあり、最終的には彼女は元VR風俗嬢の所属Vとしての立場を確立した。

僕は、そんな彼女のYoutubeのアーカイブと彼女との記念写真を、デュアルモニターでそれぞれ並べて眺めている。

そして、長年愛用したQuest3を手に、僕は時が止まったままのあのログハウスに帰るべく、X-Oasisのアイコンをクリックした。

【時空アーカイブモード起動】

…………
~VR内~

嬉しそうな表情で窓から顔を出す彼女は、微動だにせずに僕の方を見つめている。

この時の彼女の言葉は…
『ご飯できたよ』
だった。

僕が動いても彼女は動かず、僕の居た場所を見つめている。

そして、彼女に近づこうとするが手が届くか届かないかのところで、半透明のバリアがそれを妨げる。

窓から家の食卓を覗くと、赤いローソクを囲んで料理が並べてられている。止まった食卓の時計は、15時48分を指している。

僕は、彼女の隣に並んで、同じ方を向いてから、別の日付の時空アーカイブにレーザーポインターを向けて、ゆっくりとトリガーを押し込んだ。

………
~物理世界~

全てのアーカイブを見終わり、HMDを外すと外は明るくなっていた。

僕と彼女の関係は何だったのか。

数いる客の一人に過ぎなかったのか。

いや、そうはそうだ。

でも、もう一度だけ知りたい。

僕を一人の人間として…覚えてくれているのか。

僕は…ツイッターを開き、彼女のマシュマロを開いた。

僕は、キーボードを叩き、質問を書いては消してを幾度なく繰り返した。

『ログハウスにカッコウ時計がある食堂の真ん中に赤いロウソクが6本立っています。どんな料理を出しますか?』

自分でも嫌な質問だと思う。
もっと彼女の事を思ってあげるべきだ。
そもそもこんなマシュマロでは配信されないかもしれない。

様々な憶測を後に僕は送信ボタンをクリックした。

~数日後~

その日の配信の最後だった。

僕のマシュマロは結局読まれる事はなかった。

なんでも何千通と来るらしく、読まれるマシュマロは本の一握り…当然だ。

配信画面を眺めていると、彼女は言った。

『………
以前のお客様からお便りを頂く事が多数あり、昔の話をされます。
それら一つ一つにお答えは出来ませんが…
お一人お一人と過ごした時間、はっきり覚えております。
どうぞご健康に気をつけてお過ごしください…』

はは…
そうこれでいい。
勿論、僕は彼女の多数いる中の一人。
でも、彼女は僕個人を覚えてると言ってくれる。
それで十分だと考えるべきだ。

PCデスクから立ち上がり、僕は久しぶりにカーテンを全開に開く。
休日の優しい午後の太陽が僕の部屋を照らしていった。

部屋の時計の針を見れば、15時48分を指していた。

【終】

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