「luminous[BB検閲済]」第四話

BBの声が、午前10時になったことを知らせる。外は冬の乾燥して澄んだ空気が流れ、雲ひとつない青空が広がっているというのに、この部屋の空気はまるで地下牢のように重たく苦しいものになっている。

この1か月間、いろんなことを話したし、見てきた。彼女のことをそれなりに知っていると言えるくらいの関係にはなったつもりだった。それなのに、今目の前にいるタダさんの言いたいことだけが、全くわからない。

“……説明、してくれますか”「説明してください」

タダさんはほんの少しの間困ったような顔をした後、覚悟したように目を見て言った。

「わかりました。ドウさんには、すべて話します」

それからタダさんの、長い説明が始まった。

 *

まず、この村で行われている実験について話します。そうです。「ディストピア計画」のことです。

現代のインターネットの過剰な発達により、人々の悪意が容易く他人に伝わるようになりました。それをどうにかして改善するために、様々な実験をこの場所で行っているのです。人と顔を合わせずに生活することも、仕事がないことも、毎日決まった時間に起こされることも、色をモノトーンに統一していることも、すべてこの実験の要素です。

その中でも最も重要視されているのが、汎用AIに関する実験です。ネットの中に悪意を持たないチャットボットのようなAIを放ち、ネット上の悪意の密度を減らすというのが、汎用AIに関する研究の目標です。実際、すでにいくつかの先行臨床試験が現実でも行われています。

チャットボットは決められた文章を投稿することしかできないのに対し、汎用AIであれば様々な分野の話題に自発的に参加し善意の投稿をします。そのためより多くの人の目に留まり、悪意を感じにくくなるという効果が期待されています。

そしてこの汎用AIというのは……いえ、BBのことではありません。汎用AIとは、この村の住民、あなたたちのことです。

汎用AIの投稿は人間のそれと見分けがつかないことが絶対条件です。人間としてこの村で暮らし、「public」で実際の人間のようにネットで接触しあうあなたたちであれば、ネットの中でも「善意のみの存在」としてやっていける、ということです。

ここであなたたちにしているのは、簡単に言えばディープラーニングです。外界から遮断した疑似的な社会の中でAIを人間として運用し、悪意的な行為をしないかどうか監視する。もし悪意的な言動が見られれば矯正する。その監視と矯正を担っているシステムが、あなたたちがBBと呼んでいるものです。頭の中の思考が、不自然に平和的な言葉に置き換わった経験はありませんか? BBは、「public」や「マスク」内で発せられた言葉だけでなく、あなたたち汎用AIの脳内も監視しています。

この監視と矯正によってあなたたちの思考からは次第に悪意的なものがどんどん削られていき、最終的に純粋な善意のみの存在になるまで、ここでの生活が繰り返されます。ただ、3か月に一度フィードバックを行うため実験が停止し、それまでのあなたたちの記憶がリセットされます。だから、この村ができて3か月の今日が、この村の最期の日、というわけです。

悪意の言葉とは、簡単に定義づけられるものではありません。単純に暴力性を持った言葉だけを禁止すればいいわけではありません。新たな悪意的な言葉が生まれては消える現代の中で、BBはこれらの悪意的な言葉をリアルタイムで対応していくため、常にアップデートされています。

このアップデートによる仕様変更にあなたたちが違和感を持たないようにするため、ここでは不定期に「投票」が行われているのです。「投票」の結果でBBが変わったんだ、とすればあなたたちが疑問を持つこともないでしょうから。

汎用AIが実際に実装されるときは、それぞれ「属性」を持って実装されます。そのAIの人格は何歳で、性別は何で、どんなことが好きで、どんな過去を持っているか、というようなものが「属性」です。ですがまだ試験運用の段階なので、ドウさんたちには「属性」は付与されていません。ほら、この村に越してくる前のこと、ちゃんと思い出そうとしたことはありますか? 「思い出したくもない」と言って、ちゃんと思い出さなかったんじゃないですか? それが、過去に関する「属性」を持っていない、ということです。

一人称や二人称を使わないのも、「属性」を持っていないからです。思い出してみてください。「私」とか「僕」って言った記憶がありますか? どんな時も「こちら」とかでごまかしていましたよね? 私のことも「タダさん」「彼女」「女性」のような三人称で呼ぶばかりで、「あなた」のような二人称では呼びませんでしたよね? 一人称や二人称というのは、自分の立場をどう考えているかに直結するものです。「属性」を持っていないドウさんはそれらを使えなかった、ということです。

……もうそろそろ、気づいているんじゃないですか? 本来AIであるあなたたちが物質としての体を持ち活動できている。この村は社会から完全に隔絶している。BBによって、頭の中までも検閲されている。これらを合わせれば、この村はなんなのか、ドウさんなら、分かるはずです。

その通りです。この村は、現実には存在しない、仮想空間のバーチャル世界、です。

怖いですか? 悔しいですか? 大丈夫です。10時半になればこの世界もろともあなたの記憶はリセットされるので、その不安な気持ちも、すぐになくなります。

……私ですか? 私は、あなたたちとは違って、本物の人間です。私は、この実験を観察する研究者として、この世界に意識だけで潜っています。研究者としては下っ端ですけどね。体は現実の研究所のベッドの上で色々な機器をつけて横になっています。私の場合、BBの検閲は「public」と「マスク」を利用した時だけ発生します。脳内までは検閲されません。プライバシーってやつですね。上司の研究員に、実験が終了したらこの世界で30分だけ自由に遊んでいいと言われたので、こうしてドウさんと話しているんです。

 *

こうして、長い説明が終わった。

タダさんは時計を見ると、再び口を開いた。

「そろそろ10時半ですね。時間までにスポーン地点、私の家のことですけど、にいなきゃいけないので、失礼します。」

そう言って、歩いて入ってきた廊下を戻っていく。そんな彼女に近づくことも、声をかけることもできない。体が言うことを聞かない。仮想空間。AI。なんなんだ。突然の話に、まだ頭が追い付いていない。

玄関で、タダさんが振り返った。

「最後にこれだけ。この3か月……知り合ってからだと1か月。短い間だったけど、ドウさんと一緒に過ごせて、とても楽しかったですよ。本当です。それでは、失礼します」

タダさんが、玄関から出ていく。扉が閉まる。タダさんの足音すら聞こえなくなって、無音になった部屋で縺イ縺ィ繧、立ち尽くす。

「私」とは、なんだったんだ。人間縺ョ縺、繧りで毎日を過ごし生きてきた「私」という存在は、縺ッ縺倥a縺ら人間ではなく、AIとしても未完成の莉」迚ゥ縺?縺」縺。

もう何も考え縺溘¥ない。タダさんはこの荳也阜縺ッ10時半で無くなると言っ縺ヲ縺?◆縲ゅb縺?サ翫☆縺舌?√?檎ァ√?阪→縺?≧蟄伜惠縺斐→縺ェ縺上↑縺」縺ヲ縺サ縺励>縲ょュ伜惠縺励※縺?k縺薙→閾ェ菴薙′閠舌∴繧峨l縺ェ縺??

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