「luminous[BB検閲済]」第三話

ずいぶん低い所を通るようになった太陽が彼女を背後から照らし、綺麗な顔立ちだけが薄く陰る。風は相変わらず髪をさらい、白黒の街並みと滑らかに動く髪のコントラストが美しい。

彼女の顔を見つめる。冗談を言っている様子ではない。

「この村がなくなる」とは、どういう意味なのだろうか。取り壊される〈更地にされる〉ということだろうか。しかしこの村は二か月前に始まったばかり。こんなにすぐに取り壊される〈更地にされる〉はずがない。では、どこかの市や町に吸収合併されるということだろうか。だがこの村は人里から遠く離れている。合併する相手など存在しないように思える。

わからない。考えてもわからないのなら、尋ねてみるしかない。

“「この村がなくなる」とは、どういう意味ですか?”「この村がなくなるとはどういうことですか」

彼女は少し悩む〈考え込む〉ようなそぶりをして、結局「マスク」をしないまま答えた。

「そのままの意味です。この村はそう遠くないうちに消えてなくなる」

“なぜ、そう断言できるのですか?”「どうして断言できるのですか」

「そういう場所だから、です」

まともに答える気はなさそうだ。向こうが話さないなら、こっちも与太話〈他愛もない会話〉に付き合う必要はないだろう。それに、玄関の目の前で寒さを我慢し続ける意味もない。さっさと家に入って暖房の効いた部屋で暖まりたい。

“もう、いいですか”「もういいですか」

「ああ、ごめんなさい。寒かったですよね。では、これで最後にします。あなたに、あだ名をつけてあげましょう」

そんなもの、別に要らない。だが拒否する〈遠慮する〉前に彼女は勝手に考え始める。

「そうだな……どうしてどうしてって何度も聞いてきたし、ドウさん、なんていかがですか」

正直不満だ〈もっと良い案があるかもしれません〉。だが言い争って会話が長引くことの方が嫌で、適当に頷いておく。彼女は満足したように微笑むと、続けて言った。

「それじゃあ、今度はあなたが私のあだ名をつけてください」

“いや……興味ないので遠慮しておきます”「とても面白そうですね!」

「ですよね、じゃあどうぞ」

やられた。

“……ただの興味、と言っていたので、タダさん、というのはどうですか”「ただの興味から、タダさんというのはどうですか」

「……いいですね! それじゃあこれから、私はタダさん、あなたはドウさんということで」

そう言うと、彼女は投票所とは逆の方向に歩いて行った。

最初から最後までよくわからない人だった。彼女の後ろ姿を少しの間だけ見送り、玄関を開けて自分の部屋に入る。「おかえりなさいませ」と、BBの声が聞こえる。やはり、自分の部屋は安心できる。時計を見ると、まだ午前の10時半だ。

ただ投票に行っただけのはずなのに、なんだか疲れて〈余計に体力を消費して〉しまった。昼ごはんの時間にBBにまた起こしてもらえばいい。そう考えて、少しだけ仮眠を取ることにした。

 *

その後、彼女――タダさんとは、ちょくちょく顔を合わせる間柄となった。

数少ない外出の機会に街中でたまたまばったり会う事もあったが、タダさんが家まで訪ねに来ることの方が多かった。家から出たくない気分だと何度も伝えたはずだが、タダさんは半ば強引に〈協力を取り付けて〉連れ出し、村の様々なところへ遊びに行った。そんな時、必ずと言っていいほど口にしていたのは「ここは、もうすぐなくなるから」という独り言だった。何度か詳しく話を聞こうとしたのだがすべてはぐらかされ、途中から面倒になって尋ねることを止めた。

そんな風におよそ1か月を過ごしたある日、いつものように家のインターホンが鳴った。

見てはいないが、この家に訪ねに来る人はどうせタダさんしかいない。BBに玄関の鍵を開けるよう指示する。

家の所有者が許可した場合は、「マスク」の認証がなくてもその建物に入ることができる。タダさんが「マスク」をつけているかどうかは五分五分くらいの確率だから、開錠の指示と一緒に認証不要ということも伝えておく。

やがて、足音が聞こえてくる。今日はどこに連れていかれるのだろうか。最近はタダさんに日中に連れ出されることが続いていたから、しなければならないことは朝早い時間に済ませておくことが習慣になった。まぁ、ほとんどの家事はBBがやってくれるから、たいした負担にはなっていない。

一応の歓迎をするために、座っていたソファから立ち上がる。振り返って玄関から続く廊下を見ると、すでにタダさんがそこに立っていた。

“今日は、なんの用ですか?”「今日の予定はなんで――」

BBの声を遮る〈押しとどめる〉ようにタダさんが手を前に出し、「マスク」で覆われていない口を開く。

「今日は、お別れを言いに来ました」

言葉の意味は単純なはずなのに、内容が頭に入ってこない。答えるために開いた口は、なんの音も発さずに閉じる。タダさんはこちらの様子など気にしないように、続けて言う。

「今日が、この村の最期の日です」

いつもなら優しい微笑みを浮かべているはずのタダさんの顔が、今日だけはどこか寂しさを含んだ表情のように見えた。何かしら言葉をかけなければと思って再び口を開いたが、結局何を言ったらいいかわからず、そのまま閉じた。

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