出会い(小説)

私が次に親しくなるべきなのは、この人だと思った。

いつものカフェに、いつもの席で、いつものコーヒーを飲むあの人。

初めて見た時から3ヶ月ほど経つ。

これまで全く気づかなかった。

私もいつもの席で、いつものコーヒーと飲みながら週に3回はこのカフェで過ごす。

向こうは気づいているだろうか。

気づいたきっかけは、レジに並んでいる時、前に並んでいたあの人に店員さんがかけた言葉。

「いつもありがとうございます」

そうなのか。私もかけられる言葉だが、この方もそうなのか。

親近感を覚えた。

その日はこの人に興味が湧いて、思わずどう過ごしているのか観察してしまった。

よく見ると読書をしていた。『星の王子さま』である。

驚いた。私が一番好きな本である。

次にカフェに行った時も、その方はいた。

その次も。

その次も。

さらに興味が湧いた。

なぜこのカフェで過ごすのか。この時間帯に過ごすのか。なぜ『星の王子様』なのか。

どのような考えを経てこの場所、時間、行動に至ったのか。

私の話にも興味を持ってもらえないだろうか。

そう思ったことがきっかけである。

ただ、自分の時間を過ごしにきていることもあり、お互いのことを知ろうとすることは二の次になっていた。


ことが動いたのは気づいてから二週間立った時である。

いつものようにカフェにむかうと、レジが大変混雑していた。

近くでサッカーの試合がちょうど終わったタイミングだという。

席も満席になっていた。

いつもより騒がしい店内であったので、今回は諦めようかと後ろを振り返る。

すると、困ったような顔で 店内を眺めるあの人がいた。

いつもの席で、いつものコーヒーを飲むあの人。

目が合った。

思わず声をかけた。

「混んでますよね」

「そうですね」

「サッカーの試合があったようです」

「なるほど、そうですか。どうりで道も混雑していると」

「お仕事帰りですか」

「まあそうですね。用事を済ませた帰りで」

それだけだった。でも不思議と、会話が心地よかった。話し方も、目の合わせ方も、心地よかった。

それがわかっただけでもよかった。

自然と二人でその店を後にする形になった。

「この店いいですよね」

「はい、コーヒーも好みで。」

「普段は落ち着いていて居心地がいいですよね」

「満席は珍しいですよね」

「いつもコーヒーのみですか」

「はい、夕食はとらないので」

「私もコーヒーを飲みにここへ来ます」

「隠れ家かと思っていましたが、今日は観光地のようですね」

「たしか、一度ドラマの撮影に使ったみたいですよ」

「そうなんですか、知りませんでした」

私たちは駅に着いた。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ」

「ではまた」

私たちの初めの会話は、これだけだった。

しかし、まるであのカフェで過ごしているような落ち着いた気分を味わうことができた。

不思議な気分だった。


3日後、いつものようにカフェへ向かう。

レジでアイスコーヒーを注文する。

いつもの席に着く。

そのつもりだったが、今日はやめた。


せっかくなのだから。

「こんにちは」

私は星の王子さまを読んでいる最中に声をかけた。

「こんにちは」

「先日はありがとうございました」

「いいえこちらこそ。今日はいつも通りですね」

「そうですね、お互いのんびりしましょう」

「ええそうですね」

軽く会釈をしていつもの席に着き、いつもの作業をする。

作業に没頭していると、スタッフに声をかけられた。

「お客様、そろそろ閉店時間でございます」

「これは失礼しました。ごちそうさまでした。」

私は急いで席を立った。

「ありがとうございました」

店を出ると、星の王子さまの人が一歩踏み出そうとしていた。

あっとふと漏らした声に気づいてこちらを振り向く。

「お疲れ様です。今日はお忙しかったんですね。いつも最後の客は私ですから」

「そうなんですか。夢中になってしまいました。」

「どのようなお仕事を?」

「Webデザイナーです。もうすぐ締切で」

「それはそれは。間に合いそうですか」

「はい、おかげさまで捗りました。…えっとお名前を伺っても?」

「竹内です」

「私は三木島です。申し遅れました。」

「いえいえこちらこそ」

「竹内さんはいつも読書を?」

「はい。読書の時間は意識して作らないと取れませんから」

「そうですよね。社会人になって実感しました」

「今は星の王子さまを読んでいます。今というかずっと」

「ずっと?」

「はい。この本を読むと、日中のモヤッとした気持ちに向き合える気がするんです。」

「モヤッとした気持ちに。」

「はい。お酒で流す人も多いでしょうけど。ただ、私はコーヒー派なのと、あの時間がリセットの時間になってしまいました。」

「素敵だと思います。モヤっとは流すだけだと同じことを繰り返すだけですから。竹内さんはしっかりと向き合っているんですね。」

「ありがとうございます」

「あ、そろそろ駅ですね」

「では失礼します」

「はい、また」

私たちの夜はこの日から少し長くなった。

最初の夜は、人通りのない道を月が照らす夜だった。

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