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環境問題とお笑い

「爆笑問題とお笑い」に見えてしまい、このテーマ辞めようかなって思ってしまった。
しかしそれは逆で、爆笑問題という文字を見て環境問題と見間違うようでなければらないと思う(は?)
「お笑い芸人」という名前のヤバさは一旦置いておいて(感情表現が名前に入ってる職業なんて他に存在するのだろうか。お涙大工とか)お笑いは環境に悪いのだろうか。確かに芸人はよく喋り、人間と車のハーフかと思うほど二酸化炭素を排出している。照明という太陽を浴びてこれでもかと二酸化炭素を排出する姿は逆植物とも言えるだろう。ガムテープ+段ボール=無限、だと信じている小道具芸人たちはSDGsかもしれないが、お笑いにおける色んな競技でまだまだ改善ができると思う。

最近流行っている大喜利においても一番環境に良いのは無論、何も答えないことだが、答えるにしても環境に対する配慮は十分できるはずだ。インクの無駄を防ぐ為に同じ答えを使い回す(再利用)とか、他の演者が使った答えのおさがりをもらうとか。なるべくウケない答えを出すのも大事である(お客さんの二酸化炭素の大排出を防ぐ)
ピン芸に代表されるフリップ芸も紙をたくさん使用しているので環境には優しくない。ピン芸人はとりあえずフリップ芸を始めがちだが(そもそも僕はフリップ芸をコンビ芸だと思っている。紙は生きている)コンビ解散から次のコンビ結成までの繋ぎの期間だけとりあえずフリップ芸をやる芸人などもいて、相方として紙が可哀想だなと思うこともある。そのフリップ芸は目の前の紙ではなく「オゾン層をめくっている」地球を使った壮大なフリップ芸だという事を自覚しなければならない。フリップ芸で滑ったらその紙をリサイクルしてダンボールにし、そのダンボールで小道具を作りコントをする「生まれ変わったフリップたち」というライブをやってほしい。せめてそこまでするべきだろう。それでも滑ったらそれをさらにリサイクルしてトイレットペーパーにして糞を拭くまでライブにしてもらいたい。R-1グランプリも紙(元を辿れば植物)がOKなら動物もOKなのか?植物→動物→人間みたいな感じでグラデーションにしてステージに出していってどこで止められるかを実験してみたい。
その点、モノボケは非常に環境に優しい。物があれば永遠に可能である。永遠といっても将来人間よりも上位の生物が地球にやってきて、芸人を「モノ」として使いだすモノボケをやるかもしれない。モノ側としてモノボケに出る可能性もある未来があると思うとこれからの芸人は大変である。以前テレビの企画で「大喜利最強芸人にミニマリストの家でモノボケをしてもらう」という案を出したのだが、物がない状態で家そのものとか酸素とか使ってボケるのを見てみたかった(理由は忘れたがボツになった)

僕は昔、植物と漫才をするというネタをしたことがある。種にボケて、発芽し成長して葉が僕の体に触れる(ツッコミ成立)まで舞台上で生活するというネタなのだが、意図せず環境問題を扱っていたのかもしれない(ゆりありくさんという猿回しの女性がお猿さんと漫才をしてるのを見て思いついただけなのだが。ゆりありくさん、動物と植物のツーマンライブいつかやりましょう)
漫才は18日間に渡り、ご飯も差し入れだけで生活していて辛かったのだが、途中でファンの方が「辛くなったらこれで相方を殺すも良いですし、飲んでぼく脳さんが死んでもいいです」と除草剤を差し入れてくれたり、その場所が昔動物病院だったことが判明して「人間」と「植物」と「動物の幽霊」のトリオ漫才の可能性が出てきたりと、色々な出来事があって楽しかった。

そもそも環境問題について説くページが環境に悪く(無駄にスマホを使ってしまうししかも環境とお笑いというほとんどの人が興味のないこと)こんなページが有ること自体害悪である。僕は環境に悪くてもお笑いが好きだし、地球もお笑いも無くなってほしくない。爆笑問題も大好きだ(環境問題、に見えましたか?)


※画像は「むかしむかし、全部いました」
という、過去に僕がやっていた環境に配慮した最もページ数の少ない紙芝居


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