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女子美にした理由 後編


ここからは、女子美にした二つ目の理由を書いていこうと思います。

二つ目の理由の大学案内パンフレットのデザインですが、女子美のパンフレットは女子らしさを前面に出した可愛らしいデザインのものがほとんどです。その為、第一印象で「女性らしい感じが良いな」「この大学ならどんな作品でも認めてもらえそうだな」という考えを抱きました。

実際、入学してみると同級生の中には新進気鋭な作品を作っていたり、共学なら絶対男子の目が気になって作れないだろうなという作品を作っている子が多く、自分の作品がとても地味に見えたりもしました。下の画像が、入学して間もない頃の私の作品てす。 
『空がある』という文庫本の題名と空は青いという固定概念に縛られた結果、個性のない当たり障りの無いデザインになっています。
この頃の私は、普通科高校に通っていたこともあり、色を使う事、皆と同じ様な絵を描く事は常識なのだと思っていました。それが当たり前だと思っていたからです。

大学一年生の頃に作った文庫本表紙デザイン


しかし、入学してみると普通からはみ出す事ができない私の絵は、ほとんど評価される事は無く、個性を全面に打ち出し自分の世界観や考えを貫いた作品を作った同級生が実技の度に高い評価を貰っていました。
このような状況に置かれた私は、大学三年生の春休みに差し掛かった頃、自己の内面で感じていた違和感に気づきました。それは、人が見た時に喜ぶように鮮やかな色を着けたり、世間から不快だと思われないような物を描く事で万人からネガティブな感想を言われないようにと配慮した結果、作品が利他的になり自分のアイデンティティを押し殺していたという事です。

その日から私は、B4サイズの白い紙に黒いペンだけで絵を描き始めました。これまで抑圧されていた感情や描き方は泉のように溢れ出し、止まる事が無く、気づけば深夜二時まで絵を描いていたこともありました。

そのような私を見ていた両親には、不気味な絵だとか色が付いていた絵の方が良かったとも言われました。
両親という身近な人に世間的な感想をもらい、

「やっぱり良いと思うのは自分だけかもしれない。」
 
と思いました。しかし、自分の画風を確立できた事は作品制作において非常に重要な事です。

「授業で出してみてダメだったら、このような絵を描くのを辞めよう。」


そう思った私は、大学三年生の時の実技授業で下記の絵を描きました。

大学三年生の頃に作った四部作イラスト



すると、教授や講師の先生からは思った以上に良い評価をいただく事ができ、作風や描き方に関しても何一つ否定される事は無く、実技授業としては始めて学期末成績で最高評価をいただくことができました。

アニメ系の専攻に所属していた事もあり授業内でこの絵を展示すると、私のモノクロームで暗い作品は鮮やかで可愛らしい作品に囲まれると変に目立って浮いているように見えました。

しかし、この絵を見て沢山の同級生達が「凄く好きだ。」「どうやって描いているのか知りたい。」と話しかけてくれた事で、初めて私はこのような絵を描いても良いのだと感じる事ができました。それ以降もこの絵柄で生み出した作品がきっかけで、沢山の友人ができました。

両親も次第に理解し、絵を展示する事を提案してくれた事がきっかけで大学生の間に初めて個展を開催する事ができました。

女子美術大学には、高い技術力を持った学生が数多く在籍していますが、他人の作品を否定したり、自分の作品を引き合いに出して競い合おうとする学生がいませんでした。
むしろ、良いと思った作品は素直に評価し、作者の元へ行き感想を述べたり、作り方を聞く。
そのような同級生達の姿を見て、自然と私も学内展示を見て良いと思った作品はじっくり見て、作者がいれば直接感想を述べるようになっていました。他の学生の作品から受けた刺激は、時に自分の制作欲を掻き立てる事もありました。

このように自分の絵柄、世界観を貫き通した結果、卒業制作作品において女子美術大学奨励賞制度の優秀作品賞をいただく事ができました。

卒業制作作品

これまで自分を覆っていた、普通でなければいけないという殻を破る事ができたのは、大学で出会った教授や講師の先生、友人達のおかげだと思っています。

アポ無し学校見学がきっかけで始まった女子美術大学での生活は、私の人生でとても大切な四年間となりました。


以上、長くなりましたが女子美術大学にした理由でした。


追記:パンフレットのデザインが毎年ガラッとかわるので、女子美生になってからもオープンキャンパスや女子美祭がある度に「今年はどんなデザインなのかな。」と楽しみにしていました。


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