八咫烏。

或る時罠に一羽の八咫烏がかかった。
その罠はかけた村人達がその後災厄によって死に絶え人知れぬものと為っていた。
八咫烏は罠の格子の間から抜け出そうともがいたが、全ての努力が無駄であった。
幾時経っても誰も通りかる事も無く、八咫烏は葉から落ちる露でのどを潤し、土を行く蟻を潰し飢えを凌いでいた。
そこへ一人の僧が通りかかる。
「聖なるお方、何卒私をこの檻から出してやってください。と、八咫烏は叫んだ。
「それは出来ないよ。穏やかに、僧は答える。
「見たところお前は飢えている、出してやったら私を啄ばんで仕舞うかも知れないからな。
「そんなことは御座いません、あなたもご存知の通り八咫は太陽より使わされた霊鳥、むしろたいそう恩を感じあなたに仕えて差し上げます。
僧カカカと笑い、
「仕えてどうするね、神武東征と洒落込むかい。
「ええ、ええ、聖なるお方がそう望むのでありましたら。
「そこまで権への欲は無いよ、乱を起こすには歳を重ねすぎても居る。
「私はお役には立てないと言うわけですね。
「そうさな、何より仏に帰依したものが太陽の使いを従えては差しさわりがあろう。
「もっともです聖なるお方、もっともですよ、其れは。
それを言ったきり八咫烏は黙り込んだ。
「まぁ然し八咫烏よ。
「何でしょう聖なるお方。
「人外とは言え久方ぶりに喋って気分が良い、若しも八咫烏では無く普通の烏と成れるのであれば仏も目を瞑られ様、助けてやってもよい、話し相手として寺においてやっても良い、羽ばたくのも自由だ。
その言葉を聴くと八咫烏はぐびと喉を鳴らし目を白黒させ始めた。
「聖なるお方、其れは大変な悩み事です、然し、ああ。
はあ、と息を漏らすと八咫烏は、
「ようございます、今からただの烏と成りましょう、ただしすぐに寺につれて帰られるのは御免です、助けていただく恩はありますが、まずはお勤めを果たせなくなったことを太陽様にお伝えして、其れからこの翼でお伺いし、聖なるお方のお話し相手になりましょう。
僧はこくりと頷くと、
「宜しいその律儀さを気に入った、契約は成った、ただの烏にそなたが成ったらこの檻をあけ寺で待とう。と、成り行きを見守った。
「ありがとう御座います聖なるお方。八咫烏は涙をためそして次の刹那、えいやっとばかりに自らの三本目の足をばりばり食べた。
僧は驚きながらも之が超常の者が獣畜生に落ちる罪を自ら裁いているのだろうと、感服し檻を空けた。
烏が会釈したように僧には見えたが、気のせいだったのかもしれない。
檻が開くと目にも留まらぬ速さでびゅっと太陽に向かいそして、超常の力を失った烏は熱に焦がれて死んでしまった。

其を見て
「村は大旱魃により死に絶えた。八咫烏の持つ熱で其れが起こったことは想像に難くない。八咫烏は烏に成り主に近づきすぎた為に死んだが、若しも生きて寺に戻ったとして、その超常の力を失った烏は話し相手に成れたのであろうか。
と僧は独り。

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