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メフィストワルツ

メフィストワルツ第1番、メフィストワルツ第2番

2021年のリストピアノチクルスは全4回のコンパクトなものになった。ホントはいつも通り全6回で計画したが、今年は縮小せざるを得なかった。無念。そこで、ホントは取り上げるはずだった曲のことについて自分の脳の補強のために少し書いてみようと思う(もうすぐ最終回だし...みなさんぜひご来場下さい!)。レクチャー原稿はメモ程度の下書きがあったりなかったりするとゆー程度だが、まあやってみよう。

ゲーテの「ファウスト」に強く惹かれていたリストは、ワイマール時代の1854年、ついにファウスト交響曲を書き始めます。ベルリオーズが「ファウストの劫罰」をリストに献呈したのが直接的な刺激になったようです。交響曲は一気呵成に書き上げられますが、例によってここから改訂魔リストの筆が執拗に入り始めて最終的に完成するのはようやく1880年のことでした。つまりこの間ずっとリストの脳のかなりの部分をファウストが(いや、メフィストフェレスかな👿)占めていたことになるわけです。そうした中、1861年リストはレーナウの長編戯曲詩『ファウスト断片』を元にした管弦楽曲『レーナウの「ファウスト」による2つのエピソード』S.110を作曲しました。作曲家として絶頂期だったワイマール時代の作品ですからもちろん非常に充実してます。ファウスト伝説を元にしたレーナウの『ファウスト断片』にはゲーテの「ファウスト」には無いエピソードが含まれていました。「ゲーテのファウスト」に没頭していたリストは「ゲーテにない」ところに興味を惹かれたのでしょう。リストはその二つのエピソード使って管弦楽用の小品を書いたのです。このうちの第2曲の「村の居酒屋での踊り」をピアノ独奏用に編曲したのがメフィストワルツ第1番S.514です(編曲は1860年代に行われています)。管弦楽版も有名ですが、特にピアノ独奏用の版はリストの全作品の中でもとびきり有名で、よく演奏される作品になりました。有名になり過ぎたために、何となく軽めのアンコールピースのように捉えられがちですが、中身は非常に革新的です。最初ヴァイオリンの調弦を模して始まるのですが、調弦のように5度の和音を順次重ねていくと和声的にかなり斬新なことになっていくんですよね。リストの作品はあまりに聴かれすぎてその真価がよくわからなくなったりってことがよくあるんですが、これもそーゆー傾向があります。

メフィストワルツ第1番(村の居酒屋での踊り)は「ファウスト断片」の以下のような情景を描写しています。

「ファウストとメフィストフェレスは、農民たちが踊る居酒屋に現れる。楽士からヴァイオリンを取り上げたメフィストは、憑かれたかのように弾き始め、農民たちを陶酔のなかに引き込む。ファウストは黒髪の踊り子を抱いて星の夜へと連れ出し、森の中に入ってゆく。開いた戸から、夜鳴き鶯の鳴き声が聞こえてくる....」

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リストはピアノ独奏用に編曲するときに独自の改変を加えていて、管弦楽版とは異なった形になっています。

リストはこの曲のピアノ連弾用の編曲S.599/2も残していて、こちらのアレンジはかなり管弦楽版に忠実です。

メフィストワルツ第2番S.515は『レーナウの「ファウスト」による2つのエピソード』の第1曲「夜の行列」のピアノ独奏用の編曲です。この編曲はメフィストワルツ第1番よりだいぶ遅くて、1880年頃に行われています。

「夜の行列」(メフィストワルツ第2番)はあまりポピュラーではありませんが、芸術的な評価は「村の居酒屋での踊り」(メフィストワルツ第1番)よりもずっと高く、これをリストの最高傑作のひとつと言う人もいます。

「夜鳴き鶯がさえずる春の夜、馬に乗り森をさまようファウストは、木々の間から漏れる光を見る。やがてコラールを歌う信心深い人たちの行列が近づき、そして通り過ぎてゆく。一人残されたファウストは馬のたてがみに顔をうずめ、悪魔に魂を売った自らの運命を想いむせび泣く。」という情景。


メフィストワルツ第2番(夜の行列)は音楽的に大きな特徴があります。

まず、冒頭及び終結部に「ダンテを読んで」でも使われた「音楽の悪魔」増四度(三全音トライトーン)が使用されていること。

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そして聖歌"Pange Lingua"を使っていて、宗教的な色合いが濃いこと。

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ここまでは「ダンテを読んで」やダンテ交響曲と似ていますが、「夜の行列」の場合は和声的にもピアノの書法としても圧倒的に先鋭的で未来的なのです。

リストは「メフィストワルツ」の連作の中で更に冒険を重ねてゆくことになります。まるでメフィストフェレスに誘われるように... その作風はどんどん先鋭的になり、最終的には「無調」を宣言するところにまで到達してしまうのです。メフィストワルツ第2番(夜の行列)はメフィストワルツNo.3以降のものみたいに異様な感じになりすぎず、挑戦的な部分と聴きやすい部分のバランスがいい塩梅で、そこのところが評価を上げているポイントになっているのかもしれません。ぜひ聴いてみて欲しい作品です。

メフィストワルツ第3番、第4番、調性のないバガテル、 メフィストポルカ

1883年のメフィストワルツ第3番S.216からは、メフィストワルツはオリジナルのピアノ独奏用の作品として書かれるようになって、リストはより一層大胆に振る舞うようになります。

1881年に書かれた「不吉な星」「暗い雲」で、既にリストはかなり過激に振る舞っていましたが、メフィストワルツ第3番では更にもう一歩異常な方向に踏み込んだように見えます。


冒頭の強烈さは衝撃的です。このサウンドはほとんどスクリャービンです。この異常な感覚が高度なヴィルトゥオジティと相まってワルツが昂揚してゆく様は圧巻です(悪夢のようです)。時々退廃的なエロさが表に出てくるのもポイントでしょう。そして終盤、コーダ前の息を呑むような静寂!


1885年、リストはメフィストワルツ第4番を作曲しました。これは作曲後に「無調のバガテル」と改題されました。

そしてリストはその後に書いた別の作品に「メフィストワルツ第4番」というタイトルをつけました。そんな関係もあったりしてメフィストワルツの4番にはナンバリングの混乱があって、ちょっと分かりにくくなっています。

リストは1883年にメフィストポルカも書いています。どんだけメフィスト好きなのって感じですよね。この小品は非常にシンプルで技術的には難易度がそれほど高くありません。耳あたりもよく、一見ごくふつうの調性音楽のようではありますが、やっぱりこれも伝統的な機能和声からは完全に外れていて、和声感覚は常に不安定です。テーマは調性のないバガテルによく似ています。ラスト、おしまいの音。悪魔の哄笑のような和音の連打の後のF(ファ)の単音が超凄いです。何という衝撃的な単音。

この曲でチッコリーニの動画が残されているのが凄いなあ。


余談:ファウスト交響曲

1830年頃にリストはベルリオーズに勧められてゲーテの「ファウスト」を読んだ。それ以来リストはずっと「ファウスト」にこだわり続け、ファウストを題材にした作品を作曲し続けた。その集大成的な大作がファウスト交響曲だ。1854年に描き始め、1857年に初演。その後改訂を繰り返して、現在演奏される形の決定稿はようやく1880年に完成。リストの最高傑作に仕上がった。この作品は、ストーリーを追うものではなく、3人の主要な登場人物(1ファウスト・2グレートヒェン・3メフィストフェレス)の性格描写を1楽章ずつ使って行ったもの。この3人のキャラクターが8つの主題と幾つかの副次的なモティーフを循環的に使って描写される。

1楽章冒頭の主題は12の異なる音によって構成されている(2小節目の4拍目までで12音が重複なしで全部使われる)。これはシェーンベルクの十二音技法の音列と同じやり方。リストは全てを知り尽くそうとするファウストの欲求を音で表すために12音全てを使ったメロディを作った。リストは無調の試みと同様に十二音技法的な手法も試していた。

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[As/G/H/Es/Fis/F/B/A/Cis/E/Gis/C]

2楽章「グレートヒェン」の優美な主題は、「ファウスト」の主題の曲線を一応はなぞっているようにも感じられる。

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3楽章の「メフィストフェレス」は独自の主題がない。なにしろ悪魔だし、基本的に人間を操っていくわけだから、「自己」は無いのだ。ひたすら人間を否定し、嘲笑し、破壊してゆく存在。この楽章はほとんど全てがファウストの主題など既存の主題を変化させた(操った・歪めた)主題によって構築される。嘲笑と皮肉に溢れる悪意に満ちたパロディなのだ。だからフィナーレにも関わらず全体はスケルツォのように書かれる(すごくメフィストワルツ的だ)。実際、3楽章冒頭(譜例・上)はメフィストワルツ第2番(夜の行列)(譜例・下)に酷似している。

IMSLP09300-Liszt_-_S108メフィスト


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終盤は男声合唱が加わって「神秘の合唱」で終わる。神が悪に打ち勝ったということ。ダンテ交響曲のラストは女声合唱とソプラノソロだったのに対して、こちらは男声。終盤ではシンバルも鳴りまくるし金管も遠慮なく強奏する。リストはこーゆーときにどんちゃんし過ぎて閉口させられることも多いが、この作品は意外とうるさく感じない。絶好調のリスト。素直に音楽の神々しい輝かしさを堪能できる。「神秘の合唱」はゲーテの『ファウスト 第二部』の最後の部分がテクストになっている。

すべて移ろい過ぎゆく無常のものは
ただ仮の幻影に過ぎない。
足りず、及び得ないことも
ここに高貴な現実となって
名状しがたきものが
ここに成し遂げられた。
永遠の女性、母性的なものが
われらを高みへと引き上げ、昇らせてゆく。

この「神秘の合唱」のテクストを使った作品では、やっぱりマーラーの交響曲第8番がスケール極大で屈指の出来栄え。でもリストも結構負けてないと思う。


シューマンもまたリストと同様に「ファウスト」に取り憑かれた男だった。シューマンの大作「ゲーテのファウストからの情景」もラストは「神秘の合唱」のテクストを使っている。マーラーやリストと違ってシューマンは静かに曲を閉じるが、これもまた超感動的だ。

リストはシューマンのこの作品をワイマールで指揮している。リストはこのとき「この美しい大作はワイマールでこれまでになく美しい、崇高な感動を与えました。全体の印象は見事の一言に尽きます。」と言っている。




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