第1 概要
 刑事裁判起案は概ね,下の構成で成り立っていることが多い。
 1 争点についての結論とその理由
 2以下 小問集合

第2 注意事項
 どの科目にも共通することだが,起案要領をよく読むこと。
 また,起案要領には解答にあたって起案用紙の枚数の目安が書いてあることがあり,刑事裁判起案では概ね時間配分の目安を表しているとされる。
 そのため,枚数が足りなかったり多すぎたりしたからといって特に減点等はない模様である(ただし,「~枚程度」と「~枚以下」で異なるという説もあるため,「~枚以下」と指定された場合にはそれを超えないように気をつけること)。
 講評で指摘された一発不可答案の傾向を列挙すると以下のようになる。
 ・起案枚数が2,3枚と著しく量が少ない答案
 ・書いてある内容が支離滅裂になっているなど意味不明な答案
 ・事実を羅列するだけで推認力(意味合い・重み)の検討がない答案
 ・直接証拠と間接証拠の区別が不十分と読み取れる答案
 ・単に被告人の弁解が不合理であることだけを指摘して争点(要証事実)について認められるとする答案
 また,講評で指摘された不可とされかねない答案の傾向は以下のようになる。
 ・証人の供述の信用性判断を一切検討していない答案
 ・消極的間接事実から検討する答案(特に,消極的結論を導く場合には気をつけること)
 ・積極事実と消極事実が記載の中で混在している答案
 ・Aの弁解やBの主張を無視し全く検討していない答案

第3 設問1について
 1 刑事裁判起案の概要
 刑事裁判起案は,起案要領と手続きに関する第一分冊と証拠を内容とする第二分冊が配布されることが多い。
 どうしても証拠である第二分冊に注目してしまいがちだが,意外と重要なのは第一分冊である。
 つまり,第一分冊を見ると(当然のことながら,起案で書かなければならないような重要な内容は◇◇◇で隠されているが),公判前整理手続の内容や結果などが記載されている。
 そうすると,証明予定事実記載書面や予定主張記載書面なども記載があり,また,争点整理の結果も記載されているので,それをちゃんと読んで正確に争点と主張を把握してから起案検討に取り掛からねばならない。
 具体例でいうと,例えば,殺意の有無が争点となることはよくあるが,漠然と殺意の有無が争点と把握して起案すると,検討すべき間接事実や意味合い・重みの検討が明後日の方向に行くことにもなりかねない。
 つまり,殺意というと,殺してやろうと思って計画を立てて実行したような意図型殺意と死亡結果が発生するような危険な行為と認識しつつ行為に及んだような認識型殺意に分けられるという話がある(なお,この話は司法研修所に行くと当然の前提のように話されるので,研修所に入る前に予め知っておくとよいかもしれない)。意図型であれば計画の有無や準備行動の有無,行動に移した際の言動などが間接事実として挙げられるであろうが,認識型であれば使った凶器の形状や凶器の入手経路などが間接事実として挙げられると思われる。
 なお,どのような争点があり,それらの争点についてどのような視点に基づいて間接事実が挙げられ,どういった結論になるかというのは,いわゆる起案のタネ本とも言う人がいる「刑事事実認定重要判決50選」を見ると書いてあるようなので,それを参考にするといいらしい(筆者は持っていないが,刑事法ガチ勢や任官希望者は持っていることが多い)。
 2 結論の明示
 では,実際どのようにして書くかということであるが,冒頭に結論を明示するのは裁判起案のお作法である。
 3 判断枠組みの提示
 次に,判断枠組みを明示するのが望ましい。つまり,直接証拠がある直接証拠型か,直接証拠のない間接事実型の事実認定をしなければならないかを明示するのが望ましいが,そこまで大々的に展開する必要はなく,起案用紙1枚に足りない程度で十分である。起案で直接証拠型が出題されることは少ないため,なんとも言えないところがあるが,おそらく,直接証拠型の主張がなされている場合でも,検察官は間接事実型の立証も(予備的に)行うと思われるので,直接証拠(たる供述証拠)の信用性が弾劾されたとしても,間接事実型の検討も行わなければならないと思われる。
 4 間接事実・直接証拠に基づく検討
 判断枠組みを示したら,実際の検討に入る。
 直接証拠型では,客観証拠との合致・裏付けの有無,視認・記憶状況,(目撃者等の場合)事件等との利害関係,(被告人の場合)秘密の暴露の有無,供述過程・態度(供述変遷の有無やその理由),供述内容(具体性,迫真性)といった観点から,供述の信用性を検討することになる。
 間接事実型では,まずは争点について積極方向の推認が可能な間接事実を抽出することになる。その際には,刑事事実認定ガイドに書いてあるような往復的視点とか鳥瞰的視点とかが有用となる。
 往復的視点とは,誤解を恐れずにごく簡単に言ってしまえば,証拠から言える事実を見て,要証事実に結びつきそうな事実は何か考えましょうというものである。
 鳥瞰的視点とは,こちらも誤解を恐れずにごく簡単に言ってしまえば,木を見て森を見ないことにならないように,一度争点から離れて森を上から見下ろすように,ざっくりと事件を把握してみましょうというものである。
 判断枠組みを示したら,実際の検討に入る。
 直接証拠型では,信用性の検討を行うことになる。
 間接事実型では,1つ目の間接事実の認定・意味合い・重みの検討に入る。
 ⑴ 事実の認定
 なお,検察起案とは異なり,認定した事実の概要を示す必要は必ずしもなく,いきなり,認定した事実の記述に入ってよいようである。当然のことながら,認定した事実の概要だけを示して間接事実の認定とするのは,単なる検討・記述不足でしかないので,しっかりと事実を認定すること。
 また,同じような推認過程(意味合い・重み)となる場合には,一つの間接事実としてくくりだすのが判断基準として分かりやすいとされている。
 だいたい一つの争点につき,間接事実が2つか3つぐらいあることが多い。ただし,たまに1つしかない起案もあるので注意する。不安であるならば,簡単に事実を認定した上で要証事実の推認に結びつかない/推認力が著しく弱いなどと記載するのも方法としてはありだと思う。
 また,検察官が証明予定事実記載書面で主張しているような重要な間接事実が認められない場合は,なぜ重要になるのかという理由(意味合い)を簡単に書いた上で,証拠から認められる範囲で事実を記載し,検察官の主張する事実は認められないという結論を記載するという方法も可能らしい(全く検討しなかったとみなされて点数が振られないというリスクを回避することができる)。
 間接事実の認定の書き方は,検察起案と類似している。つまり,「Aは,本件刃物を持って午後11時30分頃自宅から出た(甲7,AQ(信用性については後述))」などと書く。
 重要なのは,その後の意味合い・重みで使う事実は間接事実の認定段階で認定しておくことである。つまり,意味合いとか重みの段階で,「本件当時,本件刃物以外の刃物がA方にあった(甲3)ことを踏まえると,その重みは中程度である」などと書くのはダメで,上の例でいえば,本件刃物以外の刃物がA方にあったことについては,間接事実の認定段階で認定しておかなければならない(意味合い・重みを書く段階で必要な事実を認定し忘れていたことに気づいたら,答案を戻って間接事実の認定段階に挿入するなどして盛り込むこと)。
 また,採用された調書や公判廷での尋問・質問による供述を認定根拠の証拠として用いることは可能だが,その際には,かかる供述の信用性を,客観証拠との合致・裏付けの有無,視認・記憶状況,事件等との利害関係,供述過程・態度(供述変遷の有無やその理由),供述内容(具体性,迫真性)といった観点から判断することになる。
 供述の信用性判断の際には,同一人の供述であっても,信用できる部分と信用できない部分があることを理由に,人ごとに判断するのではなく,供述部分ごとに判断するのが最近の流れらしいので,検討すべき供述部分を具体的に示した上で,部分ごとに信用性の判断をする。
 ⑵ 意味合い
 意味合い・重みで使う事実の認定が終わったら,意味合いの検討に入る。
 意味合いでは,経験則を示して,なぜそのような事実から要証事実が推認できるのかを記載する。経験則の示し方としては,「通常,犯人であれば~するといえるから」や「犯人は,~という理由により~するのが自然であるから」といった示し方で十分だと思われる。
 ⑶ 重み
 重みでは,推認力の強さを記載するのだが,その際には,反対仮説の成立可能性を検討することになる。
 実は,検察起案における反対仮説と刑事裁判起案における反対仮説という言葉の使い方は,厳密には少し異なっている。
 刑事裁判起案における反対仮説は「NOT要証事実」とも呼ばれるように,要証事実が存在しないこと,具体的には,「Aに殺意があったこと」を要証事実とする場合には,「Aに殺意が無かったこと」が反対仮説となり,「脅そうと思って刃物を投げたら偶然心臓に刺さってしまったこと」といった具体的事情は,検察起案では反対仮説といわれるが,刑事裁判起案では,反対仮説につながる事情と呼ぶのが厳密には正しいようである。
 とにもかくにも,重みの検討では,反対仮説につながる事情の成立可能性の高低を判断し,それに基づいて重みの強弱を判断することになる。
 ⑷ 総合考慮
 間接事実それぞれについて認定・意味合い・重みの検討が終わったら,積極的間接事実を総合考慮して,要証事実につき合理的疑いを超える程度の立証がされているかを判断する。裁判員裁判の説明でもされるように,常識で考えて要証事実以外の結論に至る可能性がなければ合理的疑いを超える程度の立証がされていると考えてよい。
 刑事事実認定ガイドだと,積極的間接事実を総合考慮して,合理的疑いを超える程度の立証がなされていると認められた場合に,消極的間接事実の検討に入り,それによって,合理的疑いを差し挟む程度まで弾劾されているかを判断することになっている。
 もちろん,そのプロセスで判断するのも正解だが,消極的間接事実を重みの検討の中で消極的間接事実に基づいて検討しても問題ないらしい。とにかく,重みの部分でも消極的間接事実として取り出して検討するのでもいいので,A弁解やB主張について検討するのを漏らさないこと。

第4 小問について
 証拠の採否の小問が出ることがある。
 そういう場合は,裁判員裁判や公判前整理手続の趣旨が,争点や証拠の整理に基づいて集中的に充実した裁判を実現することにあるから,その証拠が公判を不当に長引かせることになったり,争点の拡散などを生じさせるものではないかを考えれば,答えられることが多い。
 また,最近では,裁判員が公判を経て,感想や疑問を持ったとして,どのようなことを裁判所はすべきであったかを問われる問題が出ることがある。
 そういった問題では,判断命題(要証事実等)の設定が適切だったか,要証事実を推認する事実や法的評価を導く事実が適切に主張されたか,証拠が適切に採用され適切に取り調べられたかといった観点から,裁判所が求釈明したり,争点整理案を打診したり,証拠の必要性の議論をすべきだったのではないかといった結論を書くことが多いと思われる。
 当然,保釈の可否や接見禁止の要否といった問題が出てくることもあるので,それぞれの条文に従いながら,具体的な事実に沿って判断すること。
 ただ,刑事裁判の小問は全体的にぼやけた印象のものが多く,趣旨や条文に従って,事実を当てはめて適切に結論を導き出せれば十分だと思うので,その意識を持って,問題の内容や出来にあまりこだわりすぎないこと。

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