第1 概要


 刑事弁護起案は概ね,下の構成で成り立っていることが多い。
 1 有利な事実,不利な事実の指摘
 2 想定弁論起案
 3以下 小問集合

第2 注意事項


  導入修習や特に集合修習で配布されるレジュメに記載されるであろうことであるが,ここに記載しておく。
  最も重要なのは,誠実義務違反をしないことである。
  つまり,被告人が無罪を主張しているのに,勝手に有罪主張をしてはならない
  被告人が無罪を主張しているところ,無罪主張をするものの,「仮に,有罪であるとしても,~という理由から執行猶予付き判決が相当である」などの予備的な主張もしてはならない。単に誠実義務に反するだけでなく,無罪主張に自信がないのがバレバレであり,説得力がガタ落ちする。
  また,注意しなければならないのは,法的主張だけでなく,事実面でも誠実義務に反する主張をすべきでないということである。
  具体的には,被告人が「自分はVを刺していません」と主張しているにもかかわらず,「被告人の行為には正当防衛が成立するため無罪です」というのも,同じ無罪判決を求めるにしても,事実面で反するため誠実義務との関係で問題のある起案となる。
  これらの誠実義務違反に当たるような起案をしてしまうと,一発アウトとされても文句を言えないレベルなので注意すること。
  上手い起案が思いつかずに迷ったら,いかに被告人の主張が不合理であったとしても,それに従ってとにかく起案すること。弁護人は消極的真実義務は負うが積極的に事実を立証する義務は負わない以上許される起案であるし,誠実義務違反で一発アウトを食らうよりは,説得力が低くても被告人の主張に従って起案したほうがまだマシである。
  まず,想定弁論は,自分が弁護人になって公判で行う弁論や裁判所に提出する弁論要旨を記載するものであるという前提に立つべきである。
  つまり,当事者の一方として起案するのであるから,「~という事実は認められない」といった書き方ではなく(このような書き方だと,事実認定者である裁判官の立場で書いているようになってしまって不適),「~という事実はなかった」という書き方をしなければならない
  次に,事実を挙げる際には認定根拠もともに挙げなければならないのは他の科目と同様であるが,あくまで公判を経ていない想定での弁論なので,不同意書証の内容を記載したい場合には,証拠番号を摘示するのではなく,証拠番号から想定と記載するのが正確である。具体的には「Vは,当時,友人と酒を飲んでいた旨供述するが(甲8)」ではダメで,「 Vは,当時,友人と酒を飲んでいた旨供述するが(甲8から想定)」だとか,「Vは,当時,友人と酒を飲んでいた旨供述することが甲8から想定されるが」などと書くことが求められる。
  あとは,結論→理由の順番で記載する。
  第1 結論
    被告人は犯人ではない。被告人は無罪である。
  第2 理由
   1 被告人が犯行時に凶器である本件包丁を所持していなかったこと
  (以下略)

  といった形式で,必ず結論を先出しすること。
  また,理由の中でも結論先出しが望ましく,
   4 V供述は信用できないこと
    ⑴ V供述は以下の理由から信用できない。
    ⑵ 犯人の特徴を正確に記憶できる視認状況になかったこと
     ア Vは,本件当時,犯人の特徴を正確に記憶できる視認状況になかった。
     イ 本件当時,現場には白熱電球1つだけが灯っていた(甲3)。かかる状況においては,人間の顔を識別するには約1メートル程度まで近づかなければならず(甲3)…(以下理由)

   といった感じで,結論を先出しするのが理想である。
  証拠の評価についてもきちんと議論する必要がある。つまり,漠然と重要そうな供述者だから信用性を弾劾するのではなく,どのような立証構造になっていて,供述者のどの部分の供述をなぜ弾劾するのかという視点をもって議論すること。
  また,どうしても司法試験に慣れきっていると,「確かに,~。しかし,~。」といった形式で書いてしまいがちであるが,それをやりすぎると逆に検察官立証の補強をすることになってしまって,敵に塩を送ることになりかねない。
  なので,こちら側の言いたいことを書くだけで十分である。どうしても検察官の主張を書きたいのであれば「検察官は~と主張するが,~」の程度に留めておくこと。その場合でも,「検察官は(証拠)から,○○という事実が認められ,その結果犯人性を推認できる旨主張するが,」などとは書かない。
   

第3 問1について


  刑事弁護起案の主戦場は想定弁論の作成であるが,最近は刑事弁護教官室に限らず刑事弁護界隈全体がケースセオリーというものを意識するようになっている。
  ケースセオリーとは,「弁護人が求める結論が正しいことを説得する論拠」といわれていて,それには事件のストーリーと証拠のストーリーが要素となっているという説明をされる。しかし,そのような言葉の意味が大事なのではなく,結局のところ,存在する証拠や事件経過に照らして,弁護人の主張・結論が矛盾なく説明できるかというふうに考えればいい。
  そうすると,ケースセオリーを確立するためには,有利な事実・証拠と不利な事実・証拠を列挙していって(いわゆる「ブレスト」),それらについて合理的に説明できるストーリーをケースセオリーとして作り出さねばならない。
  そういった関係で,問1では,そのブレストの結果である有利な事実と不利な事実を挙げることが求められている。
  注意すべきは,ここで挙げるのは事実であって評価ではないということである。
  つまり,「当時,事件現場が暗かったこと」や「Vの供述に変遷があること」ではダメであり,「当時,現場には白熱電球1つが灯っていたこと」や「1月10日付けKSでは犯人の特徴について「詳しくは覚えていません」と供述されているものの,1月20日付けPSでは「犯人は白いベレー帽を被り黒のレザージャケットを着ていました」と供述されていること」などと記載しなければならない。
  あと,挙げるべき数に注意すること。当然,多すぎてもダメだし,少なすぎてもダメである。

第4 問2について


  想定弁論では,こちら側のケースセオリーが合理的疑いなく立証する必要はない。検察官の立証に合理的疑いを差し挟むことができれば十分なのである。
  そのため,想定弁論の主戦場は検察官立証の弾劾にあると考えるべきである。
  具体的には,最近の刑事弁護起案では,公判前整理手続に付されている事件であることが多く,そうすると,証明予定事実記載書面が記録の中にあるので,それをヒントに立証構造を把握することができる。
  ただし,証明予定事実記載書面の立証構造がそのまま正しい立証構造になっていない場合もあるので注意すること(例えば,証明予定事実だと1つの間接事実になっているが,正確には2つの再間接事実に基づいて1つの間接事実を推認しているような場合など)。
  そのため,証明予定事実記載書面に加え,証拠調請求書(証拠等関係カード)や,裁判所による求釈明の結果なども参照しながら,正確に立証構造を把握すること。
  立証構造が把握できたら,それを弾劾する
  つまり,直接証拠があれば信用性を弾劾し,間接事実があれば,間接事実の存在自体を弾劾するか,間接事実が存在するとしても要証事実は推認できない旨具体的に述べていくことになる。
  最近の想定弁論起案では,供述の信用性弾劾がトレンドらしく,ほぼ必ずといっていいほど弁護側に不利なことを供述する証人が出てくる。
  そして,そういった証人に限って供述が変遷していたりする。
  起案では,前提として,「自分が経験した事実であれば,供述は一貫する」という経験則があるため,捜査官が聞くはず・供述者が言うはず・調書に残すはずである重要な部分について合理的理由がないにもかかわらず同一人の供述が一貫していないという事実が供述の信用性に疑問を差し挟むことになることを簡単に触れるのが望ましい。
  供述が変遷している場合には,かかる変遷部分の重要性を具体的に指摘し,そのような重要な部分の供述であれば,最初の取調べの時点から捜査官側が聞くはずであり,証人も話すはずであり,調書に残すはずであるということを具体的に記載する
  また,供述が変遷した理由についても具体的に指摘できるとよい。
  信用性弾劾のもう一つの大きな柱は,視認状況である。
  視認状況から弾劾する際には,客観的視認状況(明るさ,位置関係など)だけでなく,主観的視認状況(当時の視力,心理状態など)から具体的に弾劾すること。
  検察官立証の弾劾部分でもいいのだが,それまでで被告人供述の信用性を検討していない場合には,必ず最後に被告人供述が信用できることを論じる。被告人供述はある意味最も強力な消極的証拠である。被告人供述が信用できることは検察起案で使うような信用性検討の視点に基づいて説得的に論じること。

第5 小問について


  小問で聞かれることは,被疑者の逮捕から公判手続に至るまでの弁護人としての活動についてである。
  例えば,警察での取調べに自白の強要があった場合どうするか,保釈を得るためにどのような活動をするか,有利な情状を得るためにどのような活動をするか,公判での異議の出し方や書面の使い方などが聞かれ,かなり内容としては実務的である。
  これらについては導入修習や集合修習でやる内容が多いので,あまり不安に思う必要はないが,気になる人は刑事弁護ビギナーズの該当箇所を見るのがいいと思う。
  ただし,関連する刑事訴訟法や刑事訴訟規則の該当部分については,少なくとも一度は見ておいたほうがいい。供述録取書等が使えるかや裁判長の許可がいるかどうかといった点が意外と細かい。

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