あやみ

発達障害(ASD)当事者 INTJ-T 自分なりの考え、分析した事を綴ります。note…

あやみ

発達障害(ASD)当事者 INTJ-T 自分なりの考え、分析した事を綴ります。note以外では、ダンスを踊ったりvolgを撮ったり、お洒落、心理学の勉強をしています。

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  • 人目を気にしていた自分。

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はじめまして。

自己紹介あやみと申します。 発達障害のASDがあって 普段はB型作業所に通っています。 24歳です。 (2024年2月1日で、26歳になりました。) 障害について 障害が分かったのは高校を卒業して 少し経った頃でした。 障害が分かる前は様々なことに挑戦してきましたが 些細な事を気にしてしまったり 人との関わりやコミュニケーションが 出来なさすぎて、何もかも長続きしませんでした。 今は作業所でゆるく働いています。 いろいろありましたが 今はなんだかんだ言って幸せです。

    • 頑張れる自分と頑張れない自分。

      私は、自分自身が 頑張り屋なのか怠惰な人間なのか どっちつかずだなと思う時があります。 でも最近どんな時に 自分が頑張れるのか頑張れないのかが わかってきました。 私は、その場限りの努力が 壊滅的に出来ていないと思います。 例えば、明日は朝7時に起きようと決めたけど 当日になってみると ちょっとしんどいのもあって 7時よりも遅れても良いか なんて思ってしまいますし 作業所から帰ったら〇〇しよう なんて思っていても やっぱり今日は嫌なことがあって 乗り気ではないから辞めてお

      • 自分の意思を尊重してくれる親の元で育った結果。

        私は、昔から親に〇〇しなさい等を 言われることがとても少なく 自分の意思を尊重してもらえていましたし お金に困っている等もなかったため 進路選択、習い事など とても自由にさせてもらえてたと思います。 例えるならば 2月の勝者の 前田花恋の母親のような親だと思います。 (わかる人にはわかるかと思います。) 客観的に見るととても 「理想的」「恵まれている」 と思われると思います。 親からも 「自分のやりたいことをできていることに 感謝をしてほしい。」 と言われていましたし

        • 多様性とか、個性とか言うけれど。

          最近、多様性とか、個性とか 言われるようになってきましたが みなさまは このことに関してどのようにお考えでしょうか。 私は、いろいろ言われるようにはなっているけれど みんなと同じであることが大事みたいなところは あまり変わっていないのでは と思います。 むしろ逆で みんなと同じであることが大事みたいなところが 昔に比べて強くなってきているが故に 多様性とか個性とか 言われるようになってきたのでは とまで思うぐらいです。 例えば、今SNSが普及してきて 発達障害に関係する

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        はじめまして。

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        • 人目を気にしていた自分。
          10本

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          無職であることに劣等感を抱くのか。

          自分は無職ですが 全然無職であることに 劣等感を抱いたことはありません。 このことにあまりデメリットは感じていません。 強いて言うならば 就職するという モチベーションが上がりにくいことですが 劣等感を抱いて焦っても 結局空回りする可能性が高いため 総合的に考えると 劣等感を抱かないことは良かったと思います。 やはり、人は 劣等感を抱いたが故に努力をしても 失敗に終わる可能性が高く 自分がそれを 純粋にやってみたいという気持ちがあることや 安心感があるということが前提であ

          無職であることに劣等感を抱くのか。

          「自分がされて嫌なことは人にはしないこと。」と言うけれど

          小学生の頃、道徳の授業で 「自分がされて嫌なことは人にはしないこと。」 と習ったことがある人も多いはずです。 自分がされて嫌なことを人にしないことは 当たり前だろうと思う人も多いかと思いますが この当たり前を出来ている人は どれだけいるのでしょうか。 このことに限らず 当たり前のことを当たり前に守るということは 実はとても難しいことだと最近思っています。 お話を戻すと 例えばのお話なのですが Aに嫌なことをされたとします。 自分自身は、嫌なことをされたので 「嫌だな

          「自分がされて嫌なことは人にはしないこと。」と言うけれど

          【独り言】誰にも言えなかったこと。今の人生は、おまけの人生。

          今から6年ほど前に 史上最悪で絶望的な出来事が起こった。 といっても、誰かが亡くなったとかではなく とあるスパルタな先生に 自分だけがみんなの前で物凄く叱責されたという 客観的に見るとそこまで大きな事では ないんだけれど。 この出来事が起こった夜 電車に飛び込もうかと思った。 でもそれは出来なくて 6年ほど経った今でも生きている。 この6年嫌な事もあったけれど 良いことや嬉しいこともあった。 でも、その出来事があった6年前に 自殺する予定だったと今でも思っている。

          【独り言】誰にも言えなかったこと。今の人生は、おまけの人生。

          「謝罪」よりも「理由」重視派です。

          「理由」重視であることは良くないと思っていたけれど みなさんは、他者が何か悪いことをした時 その人からの「謝罪」か「それをした理由の説明」 のどちらを求めますか? 私は後者です。 それが普通だと思っていて 多数の人は 前者の「謝罪」を求めることや 「理由の説明」は言い訳に感じると知り 驚愕したのは最近のことです。 自分が他者に理由を求めるため 自分自身が何か悪いことをした場合も 相手は私に対して理由を求めるだろうと思い 相手に理由の説明をしたりしていました。 今から考え

          「謝罪」よりも「理由」重視派です。

          自分の笑顔が嫌いだった。

          私は、もう26歳になるのですが 今まで生きてきた中で誇張無しで一度も 自分の笑顔を好きだと思ったことがありません。 でも、自分で言うのもですが不思議と 人から笑顔を褒められることは多かったんです。 あまり人から褒められる部分がない自分でしたが 笑顔だけはとても褒められていたと思います。 ですので「笑顔は武器みたいなもの」と 自分の中で思っていました。 自分はそれを好きだと思った事は一度もないのに それが武器っていうのも皮肉な話ですけどね。 実際、笑っていたら案外上手く

          自分の笑顔が嫌いだった。

          【後半は愚痴】誰からも指図されたくないが、指図される隙はある悪循環。

          自分自身も含む 孤立型のASDの人や性格のタイプがINTJの人は お仕事面でもプライベート面でも 自分が自らアドバイス等を求めた場合を除き 他者から指図される事を 物凄く嫌うところはあると思います。 (指図だけではなく 自分のテリトリーに入られるような言動も含む) しかし、上記のような人に共通する事といえば 大人しい、口数が少ないという点です。 大人しく、口数が少ないので そのような意味では、言い方は悪いですが 他者から指図される隙が出来てしまいます。 よって、指図された

          【後半は愚痴】誰からも指図されたくないが、指図される隙はある悪循環。

          ストレス解消法。

          最近になって 自分のストレス解消法が一つ見つかりました。 それはSNSで、自分が既に持っている 自分が購入して良かったと思っている商品を チェックする事です。 普通、自分がまだ持っていない気になる商品を どんなものかを調べるために 商品をチェックするものなんじゃないの。 と思う人が大半だと思いますが この行動はある意味良い事だと気づきました。 それをしていると 「自分、普段こんな良い物使ってるんだなぁ。」 と改めて感謝の気持ちが生まれると思いました。 最近私は 無印

          ストレス解消法。

          人目を気にしていた自分⑩

          自分は結局 「人目を気にしていた自分①」の時からずっと  人目なんて気にしていなかったのではないかと 今となっては思います。 これは↑このお話の続きです。 周りからの否定的な言葉や 馬鹿にされているような言葉が怖かったり そのように思われていることも怖いので 自分は浮かないように髪型とか服装を考えている 自分ではこのように認識していました。 (このように認識してしまった理由を あとでお話をします。) でも実際は、例え上記のようなことを 言われたり思われたりしても 自分

          人目を気にしていた自分⑩

          強風の日は不調の時が多いと気付いた。感覚過敏のお話。

          最近、精神面が不調になる引き金の一つが わかったような気がします。 「強風」です。 考えてみると、強風って自分にとっては デメリットしかありません。 こだわり 自分は、髪の毛をきちんと整えることに とてもこだわりがあるため 強風だと髪の毛は乱れやすくなるため とてもイライラしてしまいます。 感覚過敏 あとは、感覚過敏ですね。 これはASDの方には 共感してもらえるかもしれません。 風は髪の毛が乱れやすいというのもありますが そもそも、風が肌に当たること自体が嫌

          強風の日は不調の時が多いと気付いた。感覚過敏のお話。

          因果応報は本当に存在するのか

          因果応報は 悪いことをしたら必ず自分に返ってくる という意味ですね。 小学生ぐらいの頃に、周りの大人から 悪いことした人は必ず自分に返ってくるよ などと言われた記憶はありますが 小学生ながらに そんな馬鹿なと思った記憶があります。 そもそも悪いことをするような人は だいたい世渡り上手な事が多いですし そのような人は 悪い事も上手く交わしながら 生きる事が出来ると思ったからです。 ここからが本題です。 今でもこの考えが 完全に消えたわけではありませんが 最近、因果応報は

          因果応報は本当に存在するのか

          発達障害の私たちは誤解されやすいけれど

          ASD含む発達障害の方は 普段からの度重なる叱責や失敗体験によって 自己肯定感が低下したりする事があったり これ以上叱責されたり  失敗体験をする事がないように 常に神経を研ぎ澄ましていますが これらの状態は、客観的に見ると 甘やかされて育った人、怒られ慣れていない人 という風に見られてしまう事があるみたいです。 私はこの事実を知った時 激しい怒りや悔しさが湧いてきました。 「あの時、叱責してきた〇〇という人も 私のこと甘やかされて育った人 怒られ慣れていない人 というよ

          発達障害の私たちは誤解されやすいけれど

          理由を探りたくなる理由。

          少し時間が経ってしまいましたが 最高の教師の最終回で星崎くんが 「よく事件が起こった時 それについて調べたりするでしょ。 犯人はこんな不幸な生い立ちだったんだとか… でもそれ思うんだよね。 それって見る側が欲しい理由であって 駄目なことをした人が特別な理由が 無いことだってあるの。」 と言っていました。とても考えさせられました。 確かに、誰かが事件を起こすと 「動機は〇〇だったのかなぁ」 みたいな内容をSNSで呟いている人を よく見かけることはあります。 何故このよう

          理由を探りたくなる理由。