見出し画像

大切なひととのこと



 髪を撫でる愛おしい心地に、腕のタトゥーをさする滑らかな心地。子どもをあやす様に優しく撫でてくれるのも、子犬をわしゃわしゃと愛でるように撫でてくれるのも、大好きで心地がいい。いやらしさを感じない触れ方は、愛されてるなあと思える。

 そういえばあなたは、「髪傷んでるね(笑)」やら「タトゥーまた増やしたの?(嫌味)」やら、蔑むようなことは一度も口にした事がないね。(信じられないかも知れないんだけど、まじで今まで「髪傷んでるね(笑)」ってほぼ絶対的に言われてきたの、次言われたらぶっ飛ばしちゃおうかな。)

 髪を撫でながら「パール付いてるじゃん」と私の新しい耳飾りを揺らす。タトゥーをさすりながら、「前から着けてたっけ」と私の指の銀色を見て呟く。自分には無頓着なくせに、新しいのとか何とか、すぐ気付く。香水もそう。「いつものブランドのじゃないよね?」と。「バッグ新しいやつ?可愛いね」とか。すごく好きだぜそういうの、気づいてくれてありがとうっていつも思う。


 ひと月に一度、長くて四半期に一度会うくらいの仲である。 その間絶えず連絡を取っているわけでもない。他愛もなさすぎてつまらないのだ。連絡が来たかと思えば、「夜更しだねえ」から始まり、アニメの話ばかり。こんなにも平和なやり取りが存在するのかと疑ってしまう。つまらないと言っておきながら、幸せなことだなあと噛み締めている。

 プレイリストを共有する事の為だけに、電話番号を交換した。番号無しで繋がれる、この時代に(他のやり方がお互いに分からなかっただけなのだけれど)。彼の聴く音楽が好きだ。乗せてもらう分際ではあるが、車でもタイクツした事がないほどに。最近は動画アプリも二つ共有し始めた。少女漫画みたいに、携帯を抱いてクスッと微笑んだ。心の内を見せてもらったような、なんかそんな感じがして嬉しかった。好きの共有ができるって、堪らなく嬉しい。

 初めて会った日に「ういの一番好きな曲ってなに?」と聞かれた。あまりにも唐突だった。恥ずかし紛れに曲名を口にしたこの日から、一年が経とうとしている。彼はずっとその曲を大切にしてくれていて、聴くと私を思い出すと言う。プレイリストにも入れてくれているくらいだ。私と会うと必ず、あの曲かける?聴きたい?と聞く。どうせ、あなたが聴きたいくせに。あのアーティストもあの映画の主題歌も、全部私を思い出すらしい。私も同じだ。走馬灯のように彼と過ごした時間が思い出される。恋する人を思うかのように心拍数が上がるのに、そこにあるのは懐かしさと安心感だから不思議である。


 出会った日から何も変わらない。パーマのかかった柔らかい猫っ毛の黒髪(たまにマッシュなのも又良い)に、光の宿っていない瞳、それでいて私に向ける眼差しは優しい。身振り手振りが少しばかり鬱陶しいところとか、冗談ばかりで気取らないところとか。

 そんな彼でも、少しは真面目な話をしてくる時があるのだ。「いい人できた?」から始まって、「こんなに甘やかすのはあなたくらいだなあ」だの「出会いないよね」だの。「付き合いたいと今は思ってないけど大切だよ」が、以前は訳が分からなくて考えて考えて自分の首を絞めていたのに、今じゃこれがしっくりくる。彼の言った意味が分かる。セフレだとか都合がいいだとか、そう思わされる事を彼はしないから。

 会う時はドライブに行くのが殆どで、何も聞かずに適当に車を走らせてくれる。この前は一緒に漫画を読んだだけ。しかも1mくらい離れて。それでいつも私の家の前まで送ってくれて、「気をつけてね」と一言くれる。「気をつけるのはあなたでしょう」と言って別れる。


 彼は、別れ際に 「ばいばい」を一度も言ったことがない。最近は電話という行為自体稀だが、電話を切る時も必ず、「また明日ね おやすみ」と言う。だからといって次の日もまたメッセージのやり取りをする訳ではないが、それでも。別れる時もたまに言うのは「またね」であって、以前、「来たる"また"があるから」と彼は言った。

 変な話だが、ドライブ中に死の話をした時があった。「もし先にあなたが死んだら絶対にお墓に会いにいく。家も知ってるし、どうにか探して絶対に行く。俺の住所も今言うから覚えて。」と言われた。(今これを書きながら思ったのは、死んだことはどこでどうやって知るんだよ、住所忘れたわ、です。)

 彼の言った「またね」に、一度、泣いたことがあった。彼には私との"また"が見えているのだと。どちらかが先に死んでも"また"がある。ずっと"また"を繰り返す。だけどそれが、当たり前でないことは分かっている。優しさも言葉も存在も全て、当たり前なんてない。いつかスっと突然失くなってしまうかもしれない。何度も離れかけては戻りを繰り返しているので尚更である。もう彼を失くさないように。"三度目の正直"的なやつだ。


 彼はいつも突然に、なんの脈絡もなく言う。「大事に思ってるよ」と。私が聞いたことの答えでもなんでもない、自発的に私にその言葉を。

「居てくれれば幸せだよ」
「必要あるから会いに来てる、大事にしたいからしてる」
「何かしてくれるから大事にしてるんじゃない、俺が大事にしたいからしてるんだよ」
「連絡するのに理由なんて要らないよ」

 彼から貰った、私がずっと大切にしまっている言葉たち。

 彼の言葉選びが好きだ。"とても"を使う。名前でない時は私を"あなた"と呼ぶ。よくある"お前"や"そっちが"などとは呼ばれたことがない。口から発せられる言葉も、親指で紡がれた言葉も、全てが優しい、暖かい、柔らかい、丸い。彼のようになりたいと、時々思う。そんな訳で、好きで大切で尊敬しているから、そばに居たいのもあるだろうな。


 二、三ヶ月に一度、死にたさが訪れる。彼にも死にたくなる時があるらしい。彼が死にたいと思う人で良かったと、心底思った。好きや楽しいも分け合えるが、辛い苦しいも分け合えるのだ。今までどんなに救われて、どんなに「救いだよ、居てくれてありがとう」と言われたか。私がどんなに言葉の裏をかいて否定的に受け取ろうと、死にたいと嘆こうと、彼は「分かってるよ大丈夫だよ」「死ぬな」と言う。無責任にも思える「死ぬな」は、彼だからこそ許される。死にたい気持ちが分かる彼だから。


 日々のメッセージで携帯を抱いて微笑んだり嬉し泣きをしてみたり、なんて忙しいのだろうと思うと同時に、彼が愛おしくて堪らなくなる。あなたが何処で誰と居ようと、誰とお付き合いしようと、そんなことどうでもいいし変わらず愛おしいから、ただそこで、適当に生きていて欲しい。できれば幸せでいて欲しい。何か報告したいことがあれば、暇であれば、逐一連絡するから、これからも私のことを、妹のように可愛がって貰えたらいいな。職場とか勤務時間とか、タバコの銘柄とかミルクティーが好きとか、あらゆる私の情報を知るあなたに。




 いつもの如く纏まりも文章力も何も無いこれを、ここまで読んでくれてありがとう。短編小説ばりに長くなってしまいましたが、大切な彼を思うと、どうも言葉が溢れてしまいました。ひとつずつ話題を分けて書くにもそれはそれで億劫であるし、許してね。

 "恋愛感情のない大事" は、"都合がいい"と受け取りがちですが、ある程度条件を満たせば生まれるものですね。気づくのが遅かったな。

 

 それでは皆様、今年も残り少なくなりましたが、お身体に気をつけて。今日も安寧で。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?