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彼がくれたお下がりの服から、彼の匂いが消えていた。私の中から彼が消えた頃。

勿論思い出しはする。それでも、なんていうか、愛おしさとか懐かしさとか、今まで抱いていた温かさはもうミリも無かった。貴方を失った事でなくて、貴方が居なくなって空いた時間が虚しい。まあ貴方が居ても、近頃の時間は空いていたけれど。

いつまでも、餌を与えずとも、私が居ると思っていたのだろうか。私がすぐ居なくなろうとすることを、貴方は知っていたはずでしょう。それでも。

私が言い出さなければ、貴方はずっとこのままのつもりだったのだろうか。それで新しい恋人でも作るつもりでいたのだろうか。若しくはもう、別れたつもりでいたのだろうか。まあそんな私も、一週間連絡を取らずにいた今日の今日まで、記憶から貴方が消えそうだったけれど。

気がない貴方を引き止めるつもりも何も無くて、特に言い残したなあと後悔していることも無い。バイクに乗る仲間を失ってしまって悲しいなあくらい。

「あのまま死ねばよかったのに」と私は最後に言い残したけれど、当てつけでもなんでもなくてね、本当に死ねばよかったのにと思うよ。あの時悩んでいた貴方に差し伸べた私の手、すごくすごく無駄だった。そういえば貴方は一度も、私が死にたい時に救いに飛んできてくれたことなんてなかったなあ。

私が「もう今回こそは離れます」と伝えた時、貴方は何も謝りも引き止めも釈明もせずに離れていった。その程度だった。貴方の言う"大事"って、"生涯"って、なんだったのですか?優しさも何もかもそんな安いものだったんだと思うと悲しい。私がそんな程度の人間であろうことも思い知らされて悲しい。

ずっとなんて無いけれど、まあなんとなく、それなりに、ずっと一緒に居るんだろうなと思っていた。今までがそうだったから。でももう本当に終わってしまった。終わらせた。やっぱりずっとなんて無かった。居ても居なくても変わらない人間は置いておきたくないし、私もそんな程度に思われているのならば、居なくなりたい。私じゃない誰かが、代わりの誰でもが出来ることは、しない。

"言葉は嘘でも吐ける、行動が全てだ"と言うが、行動も嘘でもできる。大して好きでなくとも、なんとなく嫌いでもないし、暇だし、会っとくかと思えば、気が乗れば、会いに行ける。そして突然別れを告げられるなんてこともあったな。そんなものだよ。

貴方に会ったクリスマス、他の誰かにあげれば良かったな。私の貴重な、初めてのクリスマスデート。あの日貴方に会っていなければ、今の私は違っていたんだろうな。そんな事さえ後悔してしまう程、貴方のこと憎くて堪らなくなってしまった。悲しいな。

誰かを憎いと思ってしまうこと、無関心になれていないことが、堪らなく悲しい。一週間もすれば全部無かったことみたいに忘れられるから、今だけは、こんな感情をもって綴ってしまっているのを許して欲しい。

貴方と待ち合わせした、私が働いているコンビニの駐車場も、迎えに来てくれた教習所や職場も、よくドライブした外環も、一緒に行った水族館も、罪なんて一ミリもない物や場所や景色までもが憎くて堪らないの、本当に嫌だな。

私が大好きな花を、革靴を、アメリカンバイクを見て、どうか貴方が、私が居ない事を苦しみますように。もう一生貴方の前に現れないことを、後悔しますように。

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