「春のさみしさを、何が埋めてくれる?」


電話越しに きみは 泣いているんだろうと思った。


都会の生活に少しだけ慣れてきた。
相変わらず電車の乗り換えはうまくできないけど
人ごみのかわし方はうまくなったと思う。

違和感を感じる標準語も少しうつってきた。
この街の人間になりつつある。

この街はすべてが明るい。
明るいというより、まぶしい。

自分が持っている光は、
誰かの光で消されてしまう。
街の光に埋もれてしまう。
せめて、影ができると思ったいたのに
影は光に照らされて消えてしまう。
ここには、影を落とす場所もないのだ。

明るすぎて、星も見えない。
ほんとうに、君と同じ空の下にいるのか、
たまに全然違う世界に来てしまったんじゃないか
なんて、思う。



連絡は取ったり、取らなかったり。
前みたいにすぐ会える距離にいないし
連絡を取ったところで、すぐ会えるわけではないし。
ずっと前から、そう、だけど。

すこし会わないだけで、顔が思い出せなくなった。
思い出そうにも、きみとの写真が一枚もなかった。

あの街を出たときも、きみは笑っていた。
いつもとなりできみが笑っていたし、
泣いているところは全然見たことがなかった。
だけどこの街にきてからずっと、
きみは電話越しに泣いている気がした。

「春は、さみしいね」

さみしさの理由を隠し続けるきみは
近くにいたのに、ずっとずっと遠かった。
だんだん夏が近づいてきている。

僕はずっと気づいていた。
気づいていて、気づかないふりをしていた。
きみがいつもそばにいてくれたこと、
この寂しさは きみ以外では埋まらないということ、
僕に必要なのは きみだったこと。
今更になって、どう言えば良かった?

どうやってきみに伝えたらよかった?
きみに ずっと笑っててほしいのに。

きみのさみしさを埋められないまま
星の見えない夏が始まってしまう。





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