見出し画像

サービス業/コソ練・62日目

サービス業って難しい。

先日、妻と洋菓子店にフラリと立ち寄った時のことだ。「いらしゃいませ」の声かけが聞こえると、オウム返しをするように「いらっしゃいませ」の声が店内の7つの方向から聞こえてきた。「いかかでしょうか」の掛け声も「また,おこしくださいませ」の掛け声も、全て同様だった。

洋菓子店だけれどサービス業というくくりで言えば、美容室もサービス業である。20数年美容師をする中で、過去に朝礼で挨拶をオウム返しをするような練習をした経験もある。なので、来店時の掛け声が寸分のズレなく返ってくると「ああ、きちんとマニュアルがあり、経営者さんは社員教育も厳しくされているんだろうな」と思う。また、商品を吟味するお客さんへ声をかけるタイミングも内容も同じように感じた。

「このお店では不快にはなることはないだろうな」と思う。一つのサービスの形だ。でも、パァー! っと気持ちが動いて誰かに話したくなることもないだろうな、と思いながら商品を購入してお店を出た。

その足で待ち時間が1時間が当たり前だと聞いていた鰻のお店にむかう。車で待つご夫婦や店前のベンチで腰掛けるライダーのグループを横目に、店の扉を開けると「後ろ通ります」と声を掛け合うスタッフさんが行き来していた。バタバタした空気がながれている。「いらっしゃいませ」の声はとくにない。順番待ちの紙に名前と携帯番号を書くように記されていた。車で待っていたらスマホに電話がかかってくるシステムだろうと察する。番号を書いた後、おおよその待ち時間を聞こうとしたが、人手も足りなさそうなので車で待つことにした。「あの洋菓子店ではありえないだろうな」と、思う。1時間後、電話が鳴りようやく席に腰掛ける。すると、食事を終えたライダーさんたちが伝票を持ちレジに向かってきた。

「お席ごとの一括精算でお願いします」と、スタッフさん。
「えっ? そんなまとまった現金ないやん」と、不満そうなライダーさん。ブツブツいいながら、違うライダーさんが8人分まとめて精算をしていた。「あの洋菓子店ではありえないだろうな」と、また思う。

注文したうな重とひつまぶしは評判通りのボリュームとお味だった。妻がひつまぶしのシメに飯器から小さな茶碗に鰻とご飯をうつし、ネギとお出汁をかけているのを見て「お茶碗を一つ頂けませんでしょうか」と自分の母親くらいの店員さんに声をかけた。すると、「あれ? お茶碗忘れてた? ごめんね〜」とマスクごしに愛想よく声をかけてくれた。「いえいえ、あまりに美味しそうだから、ちょっと私も、と思って」と伝えると「あら! そういうことね」と右手をクイッと曲げ、軽くたたくそぶりを見せた。

「あの洋菓子店ではありえないだろうな」と、思う。

ここで、お前のトコロのサービスはどうなのよ? と、矢印は自店にむく。
 
昔、サービス業は「悩みを解決するために在る」という言葉を聞いて以来、美容師や美容室の在り方について考え続けてきた。その結果の一つとして「サービスマニュアルは必要ない」という答えに、今はいきついている。でも、マニュアルはないけれどルールは必要だと思う。鰻重をのせたお盆をもって通路を行き交う時には「後ろ通ります」と声かけをするというルールのように。

うーん……ちょっと待てよ。これ、マニュアルとも言えるんじゃないかな。
でも、自分の中ではルールなんだよな。今まで言語化してこなかったけれど、マニュアルとルールの違いって何だろうね。

マニュアルは、決められた線路のレールのようなもの。
ルールは、大きな道の側溝に立てられたガードレールのようなもの。

かな。

どちらも目指すゴールは同じ、喜んで頂くこと。お客様を想い、エンヤコラと試行錯誤を繰り返して生まれたモノであることは確かだ。

うちのお店は、ガードレールがひかれた道で、凸凹な個々がエンヤコラと輝き、喜んでもらうゴールを目指せるチームであれたらいいな。
ガードレールって、経営者の在り方がつくりだすモノなのなのかもしれないな。そして、ガードレールをひくことが経営者の仕事でもあるのかもね。

サービス業って、奥深い。まだまだ、修業中だ。

MEMO(コソ練残り17日:ヘッダー画像 FLOWERS)









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?