その日は多分、満月だった

2017年9月6日、自担が怪我をする場面を目撃した日、私は住まいである東京ではなく神戸にいた。

その日は満月だった。この満月、というのは自分の目で確かめたのではなく、「神戸公演の日は満月らしいよ」と事前にツイッターで話されていたのを見かけたのが記憶に残っていたので、私にとってあの日は満月だった。

9月6日。新幹線で神戸の地に降りるのはその日が初めてで、まず神戸が新大阪より向こうにあることを初めて知った。ホテル付きで取ったチケットが新神戸ではなく新大阪降車なことにめちゃくちゃ狼狽えて、新神戸まで行くより新大阪から快速に乗ったので十分なことを学んだ。
公演を最後まで見ると終電に間に合わないかもしれないからホテルを取って始発で帰ることにしたのだけれど、蓋を開けたらアリーナとホールで公演時間が短くなったから間に合ったんだよね。EXカード、ちゃんと買っておけばよかったな。勉強になりました。

翌朝、始発で帰ってすぐに出勤する予定だったから、公演が終わったらすぐにホテルに戻るつもりだった。でも無理だった。公演が終わって私は縋る思いで連絡を取った。同じくその日の公演に入ったお知り合い、でもまだご飯は一緒にしたことなくて、でもその人しか私には頼れる相手がいなかった。

その人はとても優しくて、別のお友達とご飯に行く予定だったのに、そこに私を入れてくれた。そのお友達さんも以前お会いしたことがあったのが幸いだった。とにかく、あの夜を一人で過ごさずに済んで、「そうだよね、こんな日に一人は無理だよね」って優しく輪に入れてくれたお二人には本当に感謝しかない。

美味しい料理と楽しいお話のおかげで、心配や恐怖心なんかは随分と解された。公演後のふらふらな足取りが嘘のように、歩道橋の階段を踏みしめる足元に不安はなかった。
お店からホテルに戻る道中、お友達さんが不意に足を止めたので一緒に立ち止まった。徐にスマホを取り出したお友達さんの意識は空に向かっていた。

「月」

月が出ていた。知らない神戸の街、美味しいご飯の後、歩道橋の上で見た月の形は覚えていない。

「本当ですね」

私の返事はお友達さんの感受性ほどに震えていなかったけど、お友達さんも共有したいからこぼしたのではなく、自分の視界の中に月を収めることに夢中だったので、私の相槌はきっとそれで正しかった。

その日の月は多分、満月だった。
月の姿形は覚えていないのに、その日の月の存在は、今でも私の中にしっかりと住んでいる。

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