見出し画像

インデックス投資、再現性の嘘。

こんにちは、晴彦です。インデックス投資は「再現性が高い投資手法である」という評価を受けることがあります。投資に再現性があると言われれば「同一の投資手法を繰り返した場合にリターンが同じくなる」ことを期待するでしょうが、実際には期待できないぞ、というのが本日の議題です。一つづつ確認していきましょう。


決定論的再現性と確率論的再現性

一般的に「再現性がある」と言われれば、何か行動を繰り返した際に結果が必ず一致することを想像するでしょう。隣人が財産を2倍に増やしたなら、私も2倍にできるはずだ——これを便宜的に「決定論的再現性」と呼びましょう。しかしながら、投資の世界においてこの決定論的再現性が得られることはまずあり得ません。過去の値動きは未来の値動きを予言するものではありません。

投資の世界で望むことができる再現性とは、高々、過去の現象と未来の現象が同一の確率分布にあると言えることです。例えば「株式インデックスの年率リターンは期待値が5%、不確実性が15%程度であったので、これからも長期に渡って統計を取れば同等のリターンが期待できる」という主張です。こちらを便宜的に「確率論的再現性」と呼びましょう。後でこの確率論的再現性自体についても疑問を投げますが、まずは確率論的再現性の振る舞いを深堀りし、我々が「再現性」という言葉から受ける印象と実際の投資のアウトカムが一致しないことを確認しましょう。

統計的な長期株式投資のリターン。
バートン・マルキール著『ウォール街のランダム・ウォーカー』より。

日常生活において確率論的再現性が確かめられていて、それを体感出来る例は天気予報ではないでしょうか。天気予報が降水確率10%だと言えば、外れることもあるが滅多に雨は降らない。傘を持っていなくて雨に当たれば嫌な思いをするが、これは運が悪かったと諦められる程度の損失です。これを何度も繰り返すことで、「降水確率10%というのはこんなものだ」と実感が作られます。

一方であなたが長期投資、例えば40年間複利で得られる投資リターンというのは一生一度のことです。極論すれば「3人に2人は寿命が倍増するが残りの1人は死ぬ薬」のようなものですから、仮に治験を通じて統計的にその数字が正しいと確かめられていても、自分がトライできるのは一度きりです。確率論的再現性を体感するのは到底不可能です。

我々人間が一生の間に体験できるシナリオは一通りしかありません。日々の天気であれば多数の事例を経験するため確率論的に受け取ることができたとしても、一生一度のギャンブルであれば、元となる確率分布がどうであれ、あなたが得られる結果はどれか一つに限られます。あなたが得た投資リターンに対する主観的印象は、確率論的・客観的に考えていた印象とはきっと異なるでしょう。

母集団と確率分布の信頼性

薬と治験の例を出しました。では、インデックス投資の「治験」はどれほどのものだったでしょうか。ここでは我々が生涯に渡って投資したいので、投資期間を30歳から70歳までの40年としておきましょう。

株式インデックスのうち最も古いものは、アメリカのダウ・ジョーンズ工業株価平均です。これは1896年に作られた指数ですので、実に126年の歴史があります。この126年という歴史から、連続する40年間の独立なサンプルはいくつ取れますか?端数を切り捨てると3ですね——おめでとうございます。あなたが飲もうとしている薬は3人の治験により再現性が確認されました——これはどう考えてもサンプル不十分です。

もう少し長い統計を探すと、シーゲル教授の『Stocks for the long run』に掲載されている有名な右肩上がりのグラフは220年、東インド会社から数えた株式会社の歴史は420年です。仮にこれらの数字を使ったとしても、独立なサンプルは高々10個で、依然不十分であると納得出来ると思います。

米国株式のトータルリターン。
ジェレミー・シーゲル著『Stocks for the long run』より。

さらに、我々現代の投資家が母集団だと信じているものは実は変わりうるものです。私の言いたいことのわかりやすい例えを出すと、これは気候変動に似ています。今の東京では35℃を超える猛暑日が年間10日程度ありますが、1960年代にはこの数字は年間2日程度でした。投資の世界でも、天気(年々の値動き)の長期傾向である気候(値動きの統計)が変わっていくと考える方が自然でしょう。

実際、私がインデックス投資の長期リターンが変動すると考える理由の一つに、長寿化が挙げられます。ピケティは『21世紀の資本』で「資本収益率が歴史的に4-5パーセントで安定しているのは、最終的には心理的理由によるものだ。この収益率は、平均的な人の性急さと未来に対する態度を反映しているため、この水準からあまり変わりようがない」と書きました。しかし、その年率5%(0.05/年)という時間選好率の逆数を取れば20年となり投資家の平均余命と同じオーダーになります。これを偶然と考えることもできますが、これまでの平均的投資家が暗黙のうちに「およそ20年(平均余命より少し短い間)で投資を回収できればいい」と考えているという説明の方が私には納得できます。仮に投資家の平均余命が1.5倍になれば、投資による年率リターンは2/3に落ち着くと考えるのが妥当ではないでしょうか。

まとめ

インデックス投資の「再現性」について、まず決定論的再現性と確率論的再現性の違いについて議論し、その後、確率論的再現性自体に対する疑問を投げました。投資にあたっては、まず統計が未来に外挿できると過信しないこと、そして生涯の投資体験は唯一であると理解すること、この二つを再確認しましょう。「再現性のある手法」と言われれば全て疑ってかかるくらいが正しい態度かもしれませんね。