たった17時間の存在だった世界で一番幸せを願う人

2024年6月7日金曜日。

この日も僕は、いつものように朝から仕事だった。
そんな退屈な日々の中、僕は「暇つぶし」なんて言いながら久々にTinderを始めていた。そう、クソ男である。

この日の前日、19歳の女の子とマッチしていた。

適当な会話を繰り広げていた時、
突然のカミングアウトがあった。

「私、実は関西じゃないんです、ごめんなさい」
「じゃあ、どこなの?」
「関東」

なんだ。そうなんだ。
あーこの人はナシだな。そう思った。
でも、、

「でも、旅行で今関西に来てるんです」
「そうなん?何日おるん?」
「2日です、明日の夜帰ります!」

明日の夜、、、金曜日の夜か。
どうせTinderの女だし、無理なら無理でいいし誘ってみるかの気持ちで思い切って誘ってみることにした。
この適当な誘いが、壮大な物語の始まりだった。

「じゃあ明日夜ご飯だけ行かない?」
「でも時間ないと思います、会いたいけどね?」
「今は連休?」
「3連休です!土曜日に帰れたらいいの」
「じゃあ土曜日まで観光して帰ったら?」
「うーん確かに」
「じゃあ金曜日の夜は俺で決まりやな!」
「え〜じゃあせっかくだしそうしようかな」

こんな感じだったと思う。
なんかノリだけで会うことが決まった。

そして次の日、僕は仕事を終わらせ、京都は河原町へと向かっていた。集合時間は19時にしていた。

「どんな服着てる?」
「白のワンピースかな」

…いた。ほんとにきたんだ。
写真通りの可愛らしい女の子だった。

「ほんまに来ると思わんかったわ」
「私も、本当に来ると思わなかった」

その後、僕たちはご飯を食べて、鴨川へぼちぼち歩いていた。
本当に楽しかった。いろんな話をした。
後ろに腕を組んで歩く姿が、なんだか少女マンガに出てくるヒロインみたいだった。

「なにここ!綺麗ー!」
「これな、あの下見てみ。川沿いにめっちゃ人座ってるやろ?あれここらでは鴨川等間隔って言うねん」
「すごい、千と千尋の世界みたい!」
「ちょっと降りてみよっか」

10分くらいだろうか。
鴨川に向かい肩を寄せ合うカップルたちの後ろを、ぎこちない他人の距離感で歩いていた。

「ちょっと喉乾いたから休憩するわ」

鴨川を背に、石のベンチにあまり近くない距離感で座る。

「ところでさ、なんでTinderやってるん?」
「わたし、高校からダブルスクールだったので、高校と専門学校を同時に卒業したんです。それで、そのまま就職したので、なんか青春ってしたことないなーって。いろんな男の人、出会えるかなって。」

本当か嘘かは別に疑わなかった。
けど、こんなに可愛らしい顔してるならTinderなんかやらなくても男なんかわんさか寄ってくるだろうに。

「誰か会ったことあるの?」
「1人だけ。でも1時間くらいで解散したの。お昼ご飯食べただけで、もう覚えてない」

「仕事はやっぱ大変?」
「うん。でも調理師免許とったから、今は大手チェーンでハンバーグ作ってるの。楽しいよ!」
「仕事が楽しいって思えるのほんまにええことやと思うで。俺なんかやることなくてこの仕事やってるし、仕事も好きじゃないし。」

「私ね、この仕事辞めたくなった時に、新店を任せたいって話が来たの。それで、認められたって感じがして、嬉しくて泣いちゃったの。」
「へえ、それはすごいな、だってまだ2年目でしょ?」
「うん。それくらい頑張ったし、信頼されてるんだと思うの。この仕事が好きで、お客さんの笑顔のためなら頑張れるの。」

あぁ、なんだろう。僕は何をしてるんだろうな。
こんなに純粋に何かを頑張ってる子が居るんだ。すごいな、なんか、上手く言葉にできないけど、尊敬したのを凄く覚えてる。

「それでね、私1ヶ月間休みもらったの。この間に、髪染めたり、いろんな人と出会ったり、旅行したり、1人でいろんな経験積みたいんだ。」

「それはいいことやで、ほんまに。その間にいっぱい経験しときな。10代20代ってほんまにすぐ終わっちゃうから。悲しいけど、俺には残された時間がないから、後悔してることもいっぱいある。だからいっぱい今のうちに経験してほしい。」

「大袈裟だなあ、まだ若いじゃん笑」

25歳はまだ若い…19歳の女の子からしたらそんな感じなんだろうか。25歳の僕は、もう何もかも手遅れな気がしている。この子も、25歳になったらこの気持ちになるのかな。

そんな話をしているうちに、次第にお互い心を開いて、悩みや自分のこと、仕事、恋愛。いろんな話をした。

1時間くらいだろうか。
お互いいろんな話をし合った後、しばらく沈黙が続いていた。
この時僕は、なんだか離れるのが寂しいな、なんて思ってしまっていた。

そんな事を思っているうちに、彼女の頭が僕の肩に乗った。
恋人じゃないけど、なんとなく気になっている。そんな時にしかない、お互い探り探りで手を繋ぐ感覚。2人とも目も合わせず外方を向いていつの間にか手を繋いでいた。
なんだか久々の感覚だった。

「今日、一緒に泊まろうか」
「(頷く)」

いろいろすっ飛ばして、近くにあったラブホテルでいつの間にか服も着ず寝ていた。

「Tinderってこんないい出会いもあるんだね」
「そう?これがいい出会いかはわからんで」
「私はそう思うな、これが年上の余裕かあ」
「6歳も上やけどな」
「私30歳の人好きになったことあるから余裕」
「おいおい、変な男にひっかかるなよ?」
「大丈夫、わたし人を選ぶのは多分うまい」
「恋愛経験ないくせに?」
「うるさいなあ、でも年上っていいな」
「なんで?」
「なんか包容力あるよね。絶対恋愛経験豊富だと思う。」
「(俺オタクしてたからなあ…)そんなことは…」
「ううん、分かる。扱い上手だよね。」
「そーなんかなあ。」
「明日でお別れなんだね」
「寂しいなあ」
「うん、好きだな」
「あかんで、こんな10代の女の子連れて帰るような男好きになったら。俺ほんまクズやねんから。」

この子の仕事の話、家族の話、人生の話。
聞けば聞くほど応援したくなっていた。
好きとか嫌いとか、可愛いとか、そんなことは今どうでも良かった。この子となら支え合って生きていける。この子が頑張った時はうんと褒めてあげたい。そう思った。
だから、ここで自分もこの子のことが好きなのを認めてしまったら、そしてそれを伝えてしまったら、もっと苦しくなると思った。
叶わない恋なのに。

「私ね、思ったことがあるの」
「なに?」
「○○くん、私が面白くないかなーって思った話とかも全部笑って聞いてくれるの。それが凄く嬉しくてね。だから私ばっかり話しちゃったなーって」
「それは単純に話が面白いからだよ、じゃないと笑えない」
「優しいね、そういうところが好きだな。私たち、なんでもっと違う形で出会えなかったのかな。」
「ほんまにな、仮に付き合っても遠距離」
「そうだね、だからやっぱり今はこのままぎゅーってしてたい」

時刻はもう午前9時だった。
あと3時間で別れの時が来る。

女の子にしては珍しく、メイク道具はファンデとチークとリップだけ。
あぁ、田舎の女の子だ。
都会に染まっていない。
Diorのリップとか、そんなの持ってない。
薬局に売っているプチプラコスメばかりだった。
染めたことのない綺麗でサラサラの髪。
思春期のニキビが少しだけ見える。
着てきた白いワンピース。
「Honeysで買ったの!2000円!」
なんて綺麗な子なんだろう。
この子はもうこれ以上汚れてほしくない。
綺麗なまま育って、幸せになってほしい。
本気でそう思った。

「私、心を開いた人には好きって言えるんだって、今知ったの。好きな人ができても、思いを伝えることが出来なかったの、今まで。でも、今日は○○くんのこと、たくさん好きって言いたい。叶わない恋だけど、ずっと好きでいたい。夢で終わらせたくないの。」

そうして12時。僕らはホテルを後にした。いよいよ別れの時が来たのだ。
阪急京都河原町駅改札前。

「これでお別れやな」
「そうだね」
「…」
「…」

30秒くらい一言も発さずただ見つめあって、微笑む。この笑顔、好きだったな。

「…次の電車で行くわ」
「うん、わかった。覚悟決めなきゃ。」
「俺、夏鈴ちゃんのこと一生忘れへんわ」
「私もだよ」
「俺ら、またいつか会えるかな」
「うん、きっと」
「…じゃあ、行くわ」
「うん、楽しかったよ」
「俺も楽しかった。ありがとう。」
「こちらこそありがとう。大好きだよ」
「…絶対幸せになれよ、後悔のないように生きてほしい。夏鈴ちゃんみたいな可愛い子なら、絶対大丈夫。自信を持って。いろんな経験をするんだよ。でも、俺みたいな男には絶対ひっかかったらだめだよ。」
「…ありがとう」
「じゃあ、ばいばい」
「うん。またね」

繋いでいた手が、初めて解けた瞬間だった。

僕が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
振り返ったら、涙を手で拭う姿が見えた。
そんな姿を見るのが、キツかった。
僕の17時間の物語が終わった。

157センチ、O型、調理師免許を持ってて、家族が大好き、友達も大好き、アンパンマンミュージアム行ったりとか、プリキュア見てたりとか、なんか少し子どもっぽい。

8月生まれ。ニワトリや鈴虫の声が聞こえて、1日3本しかない2両編成の電車が最寄駅の、田舎の19歳。名前は、夏に鈴で夏鈴(かりん)。

夏の鈴みたいにみんなを穏やかな心に出来る子に育ってほしい。お母さんの願いがこもった素敵な名前。

ホントはマリンの予定だったけど、パチンコみたいだからって理由でご両親がやめたんだっけ。

僕はあなたのことを忘れることはないだろうね。
そしてたぶん別れの時に泣いてくれたあなたも、
僕のことを忘れないって願ってる。

一生忘れない恋だった。
どうか俺みたいな人と出会わないでね。
幸せになって下さい。

貴重な人生の、
大事なモノをくれてありがとう。

誰よりも幸せになってほしいと願った、
もう会うことのない、
たった17時間の存在だったあなたへ。

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