青い風

僕は北に向かって歩いていた。
眉間に皺をよせながら、道標のない荒野を
ひたすら方位磁針がさす「N」へ。
どのくらい歩いたか分からない。
途中、夜になって柚子を売るお婆さんに会った。
どうしてこんな場所で物を売るのかを尋ねると、
「時間がないから」と言った。
僕は怖くなって少し早足になった。

季節は秋だった。
急に寒くなって毛布を出した。
トタンの屋根も震え出して、同情したりした。

鍵のかかっていない部屋には、「青い風を見つけに行きます」とだけ残されて誰もいなかったみたいに空っぽの部屋になっていた。

だから僕は君を探すために歩いている。
“青い風”というものをネットで検索した。
曲名だったり歌詞だったりが出てきたけれど、探す物ではなさそうで僕は困ってしまった。
その時から、この皺は取れていない。

丁度いいタイミングだったので
退職前の有給を全て使って君を探し始めた。

君はいつも僕の前を歩いている。
今もきっとそうだろう。
でも早く“青い風”を見つけて欲しいと思っている。
立ち止まって欲しいのだ。
振り返っても欲しい。
少し空っぽの部屋が恋しくなって、お婆さんから柚子を買って持ち帰って欲しい。

先へいかないで。

そうして5回目の夜が来た。

おおよそ300kmは歩いたと思う。
何も食べていないし飲んでいないのに
体はスタートの位置から変わっていない。

景色は様々で
春も夏も秋も通り過ぎた。
次は冬だろうか。

風は一方通行に吹くから君が振り返ることも
立ち戻ることも出来ないと僕は知っている。
数年前に君がいなくなったことも、
開発が進んだこの街の名前が
十二月風市になった事も、
君はまだ気づいていないだと思う。
だからこの街に辿り着けず冬も来ないのだね。

青い風

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