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エモーショナルに浸る夜


 syrup16gというバンドの生誕祭対バンに行ってきた。サブカル女からしたら最高の夜を過ごせ、長瀬智也との親交があることも学び、高校生時代の思い出と気持ちを寄せ合うかのような時間を過ごさせてもらった。

 私はとてもしょうもない女なので、常にエモーショナルと友達の後ろ向きの思考回路をしていると思う。なぜならば私はただただひたすらノスタルジックな世界こそ美だと思ってる節があるからで、幼い頃からそれを逃避に利用していた。音楽映画その他もろもろ。多分それは私の幼く素直に自分の感情を表現できていた時代が、その時代だったからこそ、古い音楽に惹かれてしまうのかもしれない。

 その知識たちのおかげで今の私がいるわけで、今考えている事と過去を照らし合わせても、何もかも違うことを考えている。ただ先人たちの言葉というのは重くのしかかる訳で、17歳は永遠だとか、10代の美しさを説くような文章たちが並ばれている。それはみんなが持っている小さな少女性や少年性を美しく取っておきたいという気持ちの成れの果てなのかもしれないが。


 それはそうと、私はsyrup16gを聴いて絶望していた10代は終わってしまったようだ。ただ、また絶望の淵に落とされた気持ちになると舞い戻って、聴いてしまう。


 私が出会ってきたsyrup16gを知っていた男たちは変わっていたし、とりあえずおかしかった。付き合わない方がいいのは明白なやべえ奴らばかりで、恋愛へと発展することもなく、普通でもない恋愛をしてきた。

 
 元カノに起きたらリストカットされてた男だとか、メンヘラとのハメ撮りを急に送ってくる男だとか、ソープをやってる時に謎にガチ恋してきて辛い話をプレイ後にしてきたガチ恋客だとか、


 不思議な繋がりでsyrup16gは良くも悪くも私のエモーショナルを刺激してくる。


 ただ、私がsyrup 16gとの初めて出会いは高校生の時に家の中で引きこもりをして、誰とも話さないで友達が1人もいない時に『生きてるよりマシさ』が初めての出会いだ。その時は処女で男なんか知らなかったし、いとこがヤンキーで先輩に献上されそうになりながら飲酒運転無免許の車にぶち込まれて、しくしくしていた時代の思い出で、絶望していた時代に出会った。いとこの先輩にはレイプされずに済んだが笑

 さすがのいとこも処女なので、躊躇していた笑




 今はそんな絶望していないからこそ、刺さらないが、初めて聞いた時に絶望をしているからこそ優しい歌に感じた。恋愛を知らない処女は男を恨むなんてことは絶対にないからだ。

 ただ、半年前の元彼にはこんなことを絶対に思えない。こう思える男と付き合うべきなのだと思う。価値観と思考はうまく纏まらないから文章にまとめてみた。

 今は大人になったので思うが、五十嵐は多分ここまで絶望すぎる絶望に今はいないのではないか?と思う。多分そうであってほしいし、私が見てきた歪んだものとは違うと思う。みんな闇はあるし、光もあるしね。


 そんなわけで、今暇つぶしに池袋ウエストゲートパークの長瀬智也くんを見ている。


 この時代だから作れた良いドラマだよね。



 それでは


 

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