心臓に花(改定)

序文

静かな夜の絵師たちが集まるコミュニティ。
とは言っても、世界中の誰でも使えるコミュニティツール。サーバー名は「451」、レイ・ブラッドベリの名作に由来するその場には、絵師達が集まり、現実と名乗りながら、虚構への挨拶をして、作品が、交錯する場所だった。ただの芸術家ではない。描かれた瞬間から、一つの生きた現実となる。現実は莫大に、勝ちに、膨れ上がり、チェダーになる。虚構になる頃には、私たちは、灯火を作ると言張るのだ。絵のオークションサイトで生活をする。絵の美しさと引き換えに、創作は時に倫理の境界を越える。犯罪の領域に踏み込むこともあるのだった。

ある夜に、新たなメンバーが加わる。それは「摂氏零°」と名乗る者の加入。コミュニティに一抹の緊張をもたらしたが、目的を探りながらも、存在を受け入れる。アート集団にとって重要なのは、オークションにかけられた時に、幾らになるかだった。

絵師たちの手によって生み出される作品の背後に、運命は次第に絡み合う。複雑に紡がれてゆく。犯罪と美が交錯する世界で、追い求めるものは一体何なのか。


静かな夜に、散々書いてきた紙を落とした。普段なら起こさないような現象が起きる時は、大抵なにかの前兆だった。それで、生きてきたからだ。紙の上で造形される作品は、生きていて、視覚的に動き出す。その誰でもないはずの気紛れな錯覚を感じる時は、いつも、天井を眺める。窪んだ穴や、白い天井の模様から、顔のパーツが出来て、次の絵のアイデアが、浮かび出すことは多々あった。天井をトリックにして、空中に絵を描いた。頭の中にある。それも結局は錯覚だ。けれど、この感覚は、慣れてこないと、掴めないものでもある。空中に絵を描くと、さっき落とした一枚の紙に、表現することにした。タイトルは、エシ。絵師と書いてエシ。自分を投影させるような作品だった。
___集中させる感覚がやってくると。僕は一気にペンを走らせる。
『なあ?御前、今度は幾らになるんだよ。』
えっ?後ろを振り返ると、その時に電話が鳴った。
「451」とだけ生った(なった)※discordのサーバーに、集まる人々。
※ゲーマー向けに作られたチャットアプリ。現在では様々なコミュニティがある。

Hey, 451
Today's drawing.だとか
(今日の絵は)

今天的画,给我看看。だとか
(今日の絵見せて)
レイ・ブラッドベリの451から集まる人々達の役割の要は、絵だった。
「Eーshi」とだけ書いて送ることにした。

Excellent. That's as good as it gets.
(素晴らしいね、さすが)
是画家,还是你自己?
(絵師って自分のこと?)

僕は呆気なく日本語で「そうだ。」と返した。
#general
Hello, 451.

Did you bring in any new members?
(新しいメンバーが入ったの。)

我不知道你是怎么进来的,这个服务器并不出名。(このサーバーはそんな有名じゃないよ。)

Discordのメンバーに通知オンが来る。
誰かと問う前に、僕は何が目的かを考えてみることにしたけれど、大体わかるような気がした。この様な状況の時には歓迎するのが、心地よい気がした。相手にとっても、自分にとっても。僕は大した理由も聞かずに、
「welcome.451」とだけ送った。
ほかのメンバーは、気になってる様子だったけど、僕につられるように、ウェルカムとだけ返した。あなたの目的は?とかあなたは誰とか、そんなことはどうでもよかった。僕達は非営利団体のなにかでもないし、何になるつもりも無いし、誰でもない。だから、誰が加わろうと関係なかった。通知欄の名前を見ると、摂氏零°と書かれていた。自由な図書館とも書かれていた。その意味を理解するのには遅くはなかったのは、ここに加わるメンバーなら誰でも思うことだった。それには触れず。僕は携帯を閉じた。#auctionとだけ書かれたメッセージ。
この零°は、絵の秘密と意味を知っているのだと、物語は動き出してしまったのだと、戻れないことだと、自分だって、気づいていたのだ。


_摂氏零°と、タイトルの名前を付けたのはわたしだった。その当時、或噂が、巷の人間達、とは言っても、ある特殊な人達の間で噂になっていた。
「オークション?」と声を掛けられた。わたしは特別に自分の絵なんかに才能を感じていなかったし、趣味で生きれば、価値が有るような人間だった。でもネットに乗せた一枚の絵には、何か黒い影が漂っていて、消せばいいやと曖昧な感覚は、私の運命を交差させたのは、事実だ。黒色のサイトと言ったら解るかな。ダークウェブのこと。そのサイトはなんでも観覧出来て、個人情報、機密事項、中にはオークションなんてものもある。勿論、この中のことは全部違法で、表向きの人間達には、何も分かりはしないのだ。私の絵は、要するにそこへ載ったのだ。美しさを狂気としてる人達に関心されたのだ。在るアート集団を知ってるかとメッセージが来たのは、その掲載の、五日後だ。451というdiscordなんかで、絵を披露してる人達だ。でも私はそれもただの趣味なのだろうと思っていた。事実を知らされる迄は、その時に、自分の役割と権利を理解したのだ。要するに此処へ参加すれば、お前の価値が分かる。451とは反対の意味の摂氏零°として。それだけで、名前の効力にもなると考えた私は、そのサーバーにアクセスをしたのだ。オークションのために。

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