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ギャンブルができない理由

賭け事に夢中になれる人間を純粋に尊敬する。これは馬鹿にしているわけではなく、京都的な思考でもない。本当に純粋に真っすぐにすごいなと感じる。ギャンブラーは底なしに勇敢なのだ。

パチンコ、競馬、競艇、あらゆるギャンブルに手が出ない。連れて行かれることがあっても自分の財布から諭吉を取り出すことができない。ギャンブラー達と根本的な思考の違いがあると思っている。

丁か半か、イチかバチかの卓上にベットできない程に憶病なのだ。マイナスを畏れて止まない。先行投資をはじめとする株や先物取引・FXにも同じ理由で手が出ない。

まだ規制が緩かった頃、働いていた飲食店の代表にインカジに連れて行ってもらった時のことを残しておこう。

新橋で深夜2時まで働き、上がりの時間になったので失礼しますと伝えた時、代表に声を掛けられた。

「今日残ってるみんなで新宿のインカジ行くけど来る?」

『お腹すいたので送りで帰ります。』

「送り申請なかったよ?もう時間過ぎてるから始発待ってもらうか、それまで働く?」

しまった。送りの車の申請をしていなかったことを思い出した。新橋から住んでいる市ヶ谷の寮までは深夜料金のタクシーで3,000円以上かかる。

『インカジまではタダ乗りできるけどどう?新宿方面だから都合いいでしょ?』

「新橋から市ヶ谷抜けて新宿に行くなら途中で降ろしてくださいよ」

『うちの車じゃなくて、インカジから車出してもらうから途中下車ってわけにはいかないよ。お腹すいてるなら軽い物はタダで食べれるよ。飲み物もノンアルなら無料だった気がする。見てるだけでも良いからとりあえず来たら?最悪インカジから市ヶ谷向かう方がタクシー代も浮くし。』

なんとインカジは無銭飲食が可能なのか!うってつけのこの状況に乗っからない手はなかった。

「とりあえず乗ります。」

先方が迎えを寄越した車に乗り込み、総勢6名で新宿のインカジまで向かうことになった。深夜の靖国通りをぶっ飛ばし他のタクシーを抜き去る。全員が喫煙者でヤニ臭いため、窓を開けて走っていただけあって2月の冷たい空気が頬をかすめた。
雑多な歌舞伎町の商業ビルの前でキュッと止まった。はた目には和風キャバクラとカラオケの看板のみを掲げているそのビルの地下に向かう。B1には何も書かれていない威圧感のある扉があった。壁には大きな監視カメラが黄色く光っている。ノックをしても中に音が筒抜けないように見える厚い扉はこちら側が触れることなく開いた。

「お待ちしてました。」

ごくせんに出てくるモブキャラのようなスプレーでガチガチに前髪を固めた店員が、案内を担当しているようだ。ここで代表に耳打ちをされる。

『受付するから今は木下宗助って名乗って。』

インカジでは本名ではなく、偽名の会員証を作ってゲームを楽しむようだ。今回は誰かの偽名、木下宗助を使って入室することになった。一体どこの誰なのかは全くわからない。代表はどうせプレイしないわたしに知人の偽名会員証を借してくれた。

違法賭博であるインカジは、思っていたダーク感を感じる場所ではなかった。想像に反して安心感のあるつくり。明かりもマンガを読むには十分で、めいっぱいに詰め込まれたPCはネットカフェと同様に並んでいた。お菓子の棚にはおばあちゃん家にあるような煎餅からマシュマロまで、所狭しと詰め込まれていた。あまり食べる人がいないのだろうか、棚には埃が薄っすらと積もっていた。ドリンクバーはコーラからほうじ茶まであり、ファミレスと遜色なかった。隣のアルコール類の詰め込まれた透明な冷蔵庫にはそれぞれ値段が付けられていた。街とは反してビール1本300円からとあり、水商売価格ではなくとても良心的。

わたし以外の5人はプレイするために、おのおのPCの席についた。木下宗助になりきったわたしは、お菓子とコーラを持って室内をうろうろしていた。とんだカエル化現象男(わたしのことである)を見かねた代表は、ぼろ椅子を持ってきて隣に座って食べるように促した。とりあえずじゃがりこをカリカリと食べながら、代表がプレイする様子を見守ることになった。

代表はスマホを弄る間もなく、ブラックジャックを始めた。画面の中では東南アジア人(?)の20代前後のバニーガールが手捌き良くカードをシャッフルしている。彼女の左には彼女自身の行動がリアルタイムであることを証明するためのモニターが映し出されていた。トランプの山から何枚か引き取って配る。それから各国のプレイヤーが指示した通りの動きをする。ブラックジャックというゲームが運要素の強いものか否か、チェスのように考えが必要なものなのかわからない。無言の時間が流れている間、彼女はカードを配り、プレイヤーの指示通り動かすことを繰り返していた。

代表は初めは真剣だったものの、次第にスマホをいじり始めては置きの繰り返し。あごひげをなぞったりしながらプレイ続行。ゲーム内容がてんでわからないわたしにもわかる程イライラしているので、境地に追い込まれているのは当然だった。大金を賭けたゲームで土壇場なのだろう。一体この1幕にいくらつぎ込んでいるのか。

結果は当然負け。茶化すわけにもいかず、何もすることの無いわたしはただただ画面を見たり、スマホを弄ったりと何の意味もない時間を過ごしていた。

『まじかよ!』と子声ではあるが憤怒の混じった声で呟く代表は、何度も受付に向かい無くなったポイントとやらをつぎ足しに受付に向かった。万札でパンパンだった財布はたった数十分でゆとりをもって呼吸していた。負け続けているらしい。『次は、次こそは』と1度に10万単位で金をポイントに変換するシステムに驚きながら、自分が飲み食いしているものが無料である所以を知った気がする。誰かの数十万単位の金が周りにまわって無料サービスのお菓子やドリンクに化けてしまうのに驚愕した。

お金はあるところにはあるんだな~と思いながらトイレに向かった。同行者以外にはどんな人間がいるのか気になって、他のPC席を覗き込む。意外にも、明らかに反社と思われる人は少なく、スーツ姿のサラリーマンや同い年ぐらいの大学生に見える男性が多かった。稀にカップルでそれぞれプレイしている夜職風の男女も見かけた。男女比は理系学部の割合といえば伝わるだろうか。

結局、代表の財布の底が危うくなったところでゲームは終了。わたしはただただお菓子を食ってコーラを飲んで無駄な時間を過ごしただけ。5人中2名ほどが勝って嬉し気にキャバクラの深夜店に消えて行った。数十万の負け越しに嫌気が指したのか代表はコンビニでビールを買い込み、直ぐタクシーを呼んで帰ってしまった。まだ朝日もささない寒空の下に放り出されたわたしはタクシーで寮まで帰った。

今夜、代表は恐らく100万円近く溶かした。わたしは睡眠時間を溶かした。代わりにそれぞれ悔しさと、満腹感を味わった。

誰かが損をして、誰かが小さくとも得をしているギャンブルの仕組みをしっかりと学んだ。代表の金は賭け事をすることへの恐怖になり、今でもわたしの中に残っている。他人に賭け事の恐ろしさを教えてくれるほど、ギャンブラーは底なしに有閑なのだ。

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