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五稜郭の男

「おばけの話とかではないですけど。いいですか?」

怪談の取材を続けていると、こういった回答をもらうことは多い。

「何もないよ」と突っぱねられたり、小馬鹿にされるような経験も少なくないので、些細な体験でも何か思い出して話してくれるだけで取材する身分としては有り難い。

いわゆる「ヒトコワ」というジャンルについても、個人的に否定的ではなかったので「もちろん大丈夫ですよ。お願いします」といつも記録用に持ち歩いているノートを開いた。



関西在住の竹中 夏海さん(仮名/30代女性)が、大学3年生の春に高校時代の友人と一緒に函館旅行に行った時の話だ。


夜行バスに揺られ、早朝に函館駅前に到着した夏海さんらは、計画していた2泊3日の観光スケジュールに沿って観光を楽しんだ。


2日目の午後に函館のランドマークでもある「五稜郭」へ訪れた時のこと。
目的であった五稜郭タワーの展望台に登る前に、昼食を済ませてしまおうか、と周辺を散策していると、ふいに声を掛けられたという。

見ると40代後半くらいの背の高い男性が一眼レフカメラを首から下げて後方に立っている。

「あの、写真を撮らせて貰えませんか?私こういうもので――」そう言いながら男性は名刺を差し出したという。

自分は〇〇というWebの観光情報誌のカメラマンをしていて、次回の企画で女性をターゲット層とした函館旅行の特集を組むことになった。
観光スポットを回りながら各地の撮影しているのだが、ただ観光地の写真だけを掲載するより、読者層に近いあなたたちのような若い女性が写っている方が読者もイメージが湧きやすい。
もし良ければいくつかの写真で被写体になってくれないだろうか?もちろん謝礼金はお支払いしますので――という申し出だった。


名刺に記載されているweb情報誌は夏海さんにも見覚えがある有名なもので、CMも頻繁に放送されていた。
そんな有名web情報誌に、一般人である自分達がモデルとして掲載されるという点にも興味が湧いた。
友人も面白そう!と乗り気だ。
正直なところ、大学生の身分である自分達には、謝礼金として提示された金額は高額であり、魅力的であった。
2人は「少しの時間であれば良いですよ」と承諾した。

男性は礼を言いながら頭を下げ、そこからは3人で五稜郭の周辺を回ることとなった。

ここで撮影しましょう、そこに立って下さい、手を広げて笑顔でカメラを見て、など言われるままいくつかの場所で撮影をこなしたという。

さすがプロのカメラマンというだけあり、男性の先導はスムーズで無駄が無いように思えた。時折冗談を交えながら終始和やかな雰囲気で撮影は進んでいく。



一時間程各スポットで撮影をし、カメラを向けられることに慣れてきた頃「ありがとうございます。これで充分です」
と男性がカメラを下ろした。

そこで謝礼金の入った茶封筒を受け取ったという。

「早ければ来月にはweb掲載されますので」と男性は言い残し、そこで別れたという。


男性が去ったあと、改めて封筒の中身を確認すると友人と2人、合わせて10万円が入っていたそうだ。

一時間程度の簡単な撮影で、これだけの金額を受け取っていいのだろうかと驚いたが、友人は特に気にする様子もなかったため有り難く受け取ることにした。



それからひと月程経ち、そういえばと例の男性から貰った名刺を探す。

そろそろ掲載されてる頃かな、と内心ワクワクしながら名刺に記載されたQRコードを読み込む。
しかし何度試してみても「404 not found」としか表示されなかった。

不思議に思いながら、今度はネットの検索からweb情報誌のページに飛んだが、そこに掲載されていたのは全く別の記事であった。

まぁそのうち掲載されるだろう、と特に気にもしなかったという。



それからさらに数日後のこと。





大学の講義を終え、自宅に帰ると荷物が届いていた。
大きめの白い封筒で厚さは10センチ程ある。

表には「竹中 夏海 様」とだけ記載されており、裏面部分の差出人の欄には何も書いていなかった。


住所も何も書いてないのに、と違和感を感じながらも封を切って丁寧な梱包を外し、中身を取り出す。




額縁に収められた夏海さんの写真だった。



フレームサイズに合わせるように、引き伸ばされアップになった夏海さんの笑顔。


背景はトリミングされており、なぜかブルーバックになっている。


上部には黒いリボンが付いてあった。


楽しそうに笑う自分が真っ黒のフレームに収まっている。




どう見ても「遺影」だった。




写真には見覚えがある。


あの時、函館の五稜郭前で男性が撮影したものだ。

それに気付いた瞬間、ザワザワとした言いようのない恐怖感を覚えた。
指先から急速に冷えていくのが分かる。


床を見ると、取り出した時に一緒に入っていたのだろう、2つ折りにされた小さな白い紙を見つけた。


震える指でそれを拾い、恐る恐る広げてみる。



そこには縦書きの丁寧な字で


「竹中 夏海  〇年△月□□日 函館五稜郭前にて 友人と共に」


と書かれていた。



なぜこんなものを、送り付けてきたのか。



「とにかく気持ち悪くて。すぐに捨てちゃいました。自分の写真だから捨てるのには抵抗ありましたけど…」





その後早々に引っ越し、以来特に変わったこともないようだが、五稜郭前で会った例の男性について、一つ忘れられない事があるという。

「当時は何か、ただの言い間違いかなって気にしていなかったけど、今考えると…って」



撮影を終え、その出来栄えをカメラの液晶を覗き込みながら3人で確認していた時のことだ。



「あの人、撮った写真データを私に見せながら嬉しそうに言ったの」





「この写真、とっても『かわいそう』で良いですね」って。
















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