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歯をたずねて
会社にSという先輩がいる。
チームこそ違うが、僕が所属する営業職の部長代理を務めている。
仕事も出来るし人当たりも良いので人望も厚い。
四十を超えているが、スラリとした長身に端正な顔立ちで若い女性社員からの人気もすこぶる高い。
今でこそ責任ある役職に着き、「真っ当な大人」を演じているSさんだが、僕は彼の本当の姿を知っている。
本人から聞いた話。
今から二十年近く前、新入社員だったSさんはとある趣味に没頭していた。
アイドルグループの追っかけである。当時人気絶頂の黄金期であった「モーニング娘。」だった。
(正確には、モーニング娘。の妹的存在にあった「Berryz工房」というグループで、本人いわくハロープロジェクト(モーニング娘。他を擁する運営事務所)に、各組織ごと一推し二推しとお気に入りのアイドルがいたようだが、本筋と関係ないため割愛する)
その中でもSさんが熱を上げていたのが当時最年少でグループに加入し、一躍国民的な人気の座に躍り出た加護ちゃんだった。
Sさんいわく、当時は加護ちゃんのために働き、加護ちゃんのためにCDを買う。まさしく加護ちゃんのための生活を送っていたという。
更新されるブログは毎日かかさずチェックし、関西圏でのライブやCD即売会には時間の許す限り参加する。
同じ趣味を持つ友人と夜通し「いかに加護ちゃんが愛らしいか」という加護ちゃんの素晴らしさについての談義を毎日のように繰り広げていた。
その日Sさんは、その年猛威を振るっていたインフルエンザに罹ってしまい、高熱で動けず自室で寝込んでいた。体中の関節という関節が悲鳴を上げ、頭を絶えずトンカチで殴られているかのような頭痛。
そんな状態でも加護ちゃんのブログチェックは欠かせない。携帯を開き、ブックマークしているURLに飛び、加護ちゃんのブログを一読する。
内容は、学校の授業中に以前からグラついていた乳歯が抜けたこと、それを教室の窓からグラウンドに思い切り投げたことなどが書かれていた。
ご存知の方も多いかと思うが、これはよく昔から語られている歯を丈夫にする願掛け、おまじないだろう。乳歯が抜け落ちた際、上の乳歯は床下へ、下の乳歯は屋根上へ投げる。その際に「ねずみさんねずみさん、丈夫な歯に代えてんか~」と声に出す。(関東では別の文言なのだろうか)
こうした一連の行為で丈夫な永久歯が生えてくるよう祈願する。
恐らく加護ちゃんもこのおまじないを実践したのだ。
加護ちゃんの当時の住まいは関西であり、通っていた小学校はファンによって特定されていたので、Sさんも把握していた。
ブログを読み終えたSさんは、熱に浮かされながらもこう思ったそうだ。
「 加護ちゃんの歯が欲しい 」
その日の深夜、同じく加護ちゃんを愛する同志数名で車に乗り、加護ちゃんの通う小学校まで向かい、あろうことか小学校へ侵入し、真っ暗なグラウンドを這いつくばって加護ちゃんの乳歯を探したという。
二時間ほど血眼で探したのだが、どうしても見つからない。当然だ。広いグラウンドを囲うように校舎があり、その全てに無数の窓がある。
さすがにどの窓から投げたのかまでは分からない。加えて真っ暗な深夜である。見つかるわけがない。にもかかわらず先輩たちは地面を舐めるような低い姿勢であてもなく探し続けたという。
深夜、真っ暗闇のグラウンドで這いつくばった男たちが「歯」を探している。
高熱で正常な判断が出来ないとはいえ、明らかに正気ではない。立派な不法侵入である。変態は逮捕されるべきだと僕は思う。
結局お目当ての歯は見つからず半ば諦め、顔を上げる。そこでとある遊具が目に入った。
のぼり棒だった。
暗闇の中で四メートルほどの高さのカラフルに塗装された鉄の棒が十本ほど均一に並んでいる。
このまま何の収穫もなく帰るのか?
ぼんやりとのぼり棒を見つめていると仲間の一人が呟く。
「そういえば加護ちゃんの最近のマイブーム、のぼり棒だよ」
ここから先はあまり覚えていないという。
気が付けばのぼり棒めがけて駆け出し、「せめて、のぼり棒だけでも……のぼり棒だけでも……」と意味不明な言葉を発しながら登っては降り、登っては降り、を無心に繰り返していたそうだ。
「あの頃」で括るにはあまりに生々しく、決して映画には成りえない、薄汚れたSさんの思い出だ。
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