ユミコオフライン
* * *
夜が明ける度に
太陽が闇夜を照らす度に
黄金色のレールが私に手を差し伸べる度に
それを恋だと知るのでしょう
あなたに恋をしていると知るのでしょう
あなたがもたらす真昼の光線に
それらに恋の意味を知るのでしょう
* * *
昼と夜があります。
はい、当然ながら。
主に太陽が照らす明るい時間帯を、昼……
そして太陽が空に昇らない、暗い時間帯を夜と言いますでしょう。
いいえ、確かに夜には月が昇ります。
太陽の光を地の向こうから浴びて、月は地上を照らします。
はい、太陽がいる時間帯を昼と呼ぶのであれば、太陽は昼という時間、空間……それらを周囲に纏った存在とも言えるでしょう。
……いいえ、太陽には、そもそも月は必要無いものです。
ある人は、月は太陽の命を受けて夜を見張るもの、と言いましたが……
昼しか知らない太陽が、夜を知らないものが、どうしてそのような命を出せますでしょうか。
だから、必要ないのです。
* * *
──周年祭の時期になりますと、記念闘技場が開かれるでしょう。
冒険者さんも、ご利用になった事はおありで?……へえ、それはそれは……それではあの……王者を名乗る男のことも?……ご存知でしたか。
いやね、いつの頃からか、あの男の傍らに引っ付いて回る女の子がひとり増えていたんですよ。
はて、熱心なファンかと思いきや、どうやら違うようでして。もっと近しい仲のような、そういう関係にしては扱いが軽いような……ああ、ご存知?そうです、髪からつま先まで、全身白づくめのお嬢さん。暑苦しそうな剣闘士の男とはまるで真逆の……
初めは記念品目当てに通う冒険者かと思ってたんですけどねえ。最近じゃあ、あっちこっちで好き勝手噂されてますよ、弟子をとっただの、嫁を貰っただの、なんだのって。
それでですね。
そのお嬢さんとお話する機会があったんですよ。
行商の機会があって街を訪れた頃だから、周年祭も折り返しといった、夏の盛りの頃でしょうか。
ソフィアの大通りで、会場の入口の……ワープポータル、って言うんですかね、アレは。とにかくそれを……修理?手入れ、していたのかな。あの小さい広場にしゃがみこんで。何やらぶつくさ文句を言ってはいましたけれど、大層手際が良くて……しばらく眺めておりますと、その子は手を止めて振り返るんです。
何でもお嬢さんが言うには、元々は参加する冒険者側だったそうなんですけど、今は闘技場の運営をお手伝いしてるそうで。
うーん、こちらから話し出しておいて何ですけど、あまり面白い話はありませんでしたね。淡々としていて、事務的というか、受付対応というか。
しかし……ねえ?年頃のお嬢さんと、得体の知れない男の組み合わせと見たら、いくら余所者でも心配になるじゃありませんか。だから少し……まあ、遠回しにね、大丈夫なのかって聞いたんですよ。
そしたらお嬢さんは、いいえ、と首を振って、
「あの人が太陽ならば、私は月です。あの人が知らない、見ることの出来ない夜の世界を教えられるのは、その閃光を受ける私だけなんです」
そう言ってくすくす笑うんです。
取り留めのない世間話でも、社交辞令でも笑わなかったような子が、ですよ。
物好きなお嬢さんでしょう。
冒険者さんもいつかどこかで出会うかもしれませんねえ。
* * *
物憂げな人よ、眼差しを憂鬱の茶碗に落とす乙女、
あなたの静かな足取りが通り過ぎる、天使の吹く祝賛のラッパのように、
しかしあなたの滲ませるのは深遠な溜息の残滓だけで。
血の灯りが淡く宿る額を俯かせて、あなたはどこを見つめるでもなく、ただ青冷めた物思いのテーブルに肘をついている、
それでいて心は果実、傷ついた林檎のように痛みながらも、偲ばせる想いの静謐さ、甘やかさによって熟している。
重々しく思い出を背負う美しい人、遠ざかる真夏の日差しの彼方に去る人を思うあなた、
あなたは流れるのを待っている葬列の涙か、
厚い雲の切れ端の中に恥じらう月光か、
枯れた白詰草の花束か?
私はあなたへの愛を弔うだろう、悩める乙女、
そして私がここを出て、夜風と街灯の中に身を晒しても、
あなたの人生の手帳にはインクの一滴も残すことはできないだろう、沈鬱な女神、私はあなたの憂鬱を愛している。
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