断髪小説 母の横暴(後半)

(前半の続き)
家で散髪された次の日
学校に行くのがすごく嫌じゃなかったですか?
みんなに笑われるんじゃないか。からかわれるんじゃないか。
いつもの道で友だちに会った時・教室に入って帽子を脱ぐときのドキドキ。
帽子を脱いだときの周りの反応。
このお話を読んで思い出してください。

午後3時30分
美里の姉、香奈はテニス部に入っている。
勉強もできて、去年の夏から生徒会長もしている。
文武両道で後輩たちの憧れの存在だ。
美里と同じく、髪は胸あたりまで伸ばしているが、前髪は作らずに長く伸ばしていて普段は束ねることもない。
テニスをする時はキャップの後ろにある隙間から結んだ髪を出している。
最近、髪や地肌は念入りにケアして、すれ違うとシャンプーのいい匂いがすると男子も噂している。
今日はこの春初めての夏日だった。
暑い中の部活を終えて帰宅途中の彼女は汗びっしょりだ。
もちろんこれから襲う悲劇を彼女は知る由もない。

午後3時45分。
私(香奈)は玄関の鍵を開けて「ただいま」とあいさつをして靴を脱いだ。
リビングから母が出てきて「おかえりなさい」と出迎えてくれた。
朝別れた時、短いおかっぱ頭だった母の髪が、驚くほど短くなっている。
(なに?お母さんの髪型?ほぼ坊主じゃん。それで明後日の入学式来るの?)
私はびっくりしながら「お母さん。そんなに髪切っちゃったんですか。もったいないなー」と声をかけた。
すると母は「もったいないなんてとんでもないわよー。私は髪短い方が好きよ。清潔だし合理的だし。似合うでしょ」
私は「うん。髪短くしても美人だからよく似合ってますよ」と答える。
決してお世辞ではない。目鼻立ちが整っている母にこの髪型はとても似合っている。
「それにしても大胆ですね。私には絶対真似できないなぁ」
私はそう言いながらラケットを玄関に置き、汗臭くなったテニスキャップを脱いで汚れものが入ったリュックを持って風呂場に行こうとした。
今日はたくさん汗かいたし、紫外線も強かったからちゃんと髪もケアしなきゃ。

すると
「香奈ちゃん。荷物置いたらお風呂入る前にリビングに来て」と母が誘ってきた。
「なんですか」洗濯カゴに帽子やタオルを入れ、後ろに束ねていた髪をほどいて汗だらけになった髪の臭いを嗅ぎながら、私は母についてリビングに入った。
するとそこには、レジャーシートが敷き詰められたうえに椅子がひとつ置いてある見慣れない風景。シートには細かい髪がたくさん落ちている。

(えっ…これってまさか)
瞬間的にヤバいと感じた。
ここで母が口を開いた。
「明日から学校始まるから、お昼から恵子と美里ちゃんの髪を切ってあげてたの。」
部屋の隅に目をやると、ゴミ袋の中に大量の長い髪が捨ててある。これは元々ショートだった恵子さんの髪とは思えない。じゃあ美里の髪をこんなに切ったの?
美里はもっと髪を伸ばしたいと言って、最近は前髪も切りたがらなかったのに、好きで短くするわけがない。

そう思っていると、母は「美里ちゃんが上手に頭を洗えてないの私気になっていたの。でも大丈夫。髪を短くしてすごくかわいくなったのよ〜。」と話を続ける。

とにかく確認しなくちゃ。私はリビングから美里の名前を呼んだ。
でも美里から返事がこない。
いるなら聞こえるはずなのに。
何度か美里の名前を呼ぶと、ようやく階段を降りる足音が聞こえ、美里がリビングにやってきた。

「あれっ美里?…」
短く髪を刈られ、別人のようになった美里を見て私は目を疑った。
黒くて綺麗だった美里の髪がすっかりなくなっている。
横と後ろが刈り上げられ、スポーツ刈りのような頭にされている妹。
(え、嘘でしょ…)
美里の目は泣いて真っ赤になっている。

「美里ちゃんかわいくなったでしょ。中学を卒業するまでは髪を短くすることにしたの。これからは恵子といっしょに私が美里ちゃんの髪を切ってあげるわ」
美里は私を見ると「お姉ちゃん…こんな短い髪の人学校にいないよ。私学校に行きたくないよ」と泣きだした。
私は美里を抱きしめて「うん。うん」というしかない。「似合うよ」とか「かわいいよ」とかなんて絶対に言えない。だって美里は髪が長い方が絶対にかわいかったし、こんなに短く切られると恥ずかしくて当たり前だと思うからだ。

母が「美里ちゃん」と妹の名前を呼んだ。
「髪切るの嫌がらなかったわよね」と妹に尋ねる。
美里は黙ってコクと頷く。
「お母さんの言うことをちゃんと聞いてくれたんだよね。大丈夫。恥ずかしくないよ。美里ちゃんは髪切った方がかわいいから」
半ば強引な幕引きだ。

母は「これから香奈ちゃんの散髪をするから部屋に戻って」と美里を部屋に戻した。

(やっぱり私も…)

母は「髪が長いのはもう香奈ちゃんだけよ。美里ちゃんも髪を切ったんだから、香奈ちゃんも中学を卒業するまでは短くしなさい」と私に言ってきた。
私だけが髪を切らないのは、美里のことを思うと許されない気がする。
だけどあんなに短くされるのは絶対に嫌だ。
「香奈ちゃんは今年受験だし、気合い入れなきゃね。」
そう言って、椅子に案内する。
私は「でも私今まで一回も髪短くしたことないし、お願いだからあんまり短くしないでくださいね」と精一杯のお願いをするが、母はわかったともダメとも返事をしない。

「髪も服も汗びっしょりね。早くさっぱりしてシャワーを浴びられるように急いで準備しましょう」とお母さんは私の首にケープを巻いて、霧吹きで髪を濡らした。
ケープには細かい髪がいっぱい付いていて長い髪も残っている。これはきっと美里の髪の毛だ。

午後4時
私の首にケープがきつめに巻かれて、その上にネックシャッターが付けられた。
「香奈ちゃんの髪って少しクセがあるのね」
母はひとしきり櫛で私の髪をとかすと、床の充電器に差してあったバリカンを手に取り、プラスチックの大きなアタッチメントを取り付けはじめた。
「えっ。もしかしてそれ使うんですか?」私は不安になって聞いた。
すると母は「そうよ。でもちゃんと3センチに固定してるから。丸坊主にはならないわよ」
と言葉を返す。

「3センチですか?」

(美里の頭って、ハサミじゃなくて、バリカンで刈られたの?嫌だ。私は嫌だ)

「そう。これ以上は長くするようには調整できないの。だから恵子も美里ちゃんも3センチよ。」
母はそう言いながらバリカンを片手に、私の後ろ髪を触りはじめた。
そして「美里ちゃんの時は一旦ハサミで切ったけど、香奈ちゃんは一気にこれで切っちゃおうかしらね」とバリカンのスイッチを入れる。
リビングに「ブーン」という音が響く。

「いや。だからそんな短くs…」
私が言葉を発している最中に、母は後ろの髪を持ち上げてうなじからバリカンを潜らせ、ザリザリザリとつむじのあたりまで刈った。
ドサドサっと大量の髪が頭からレジャーシートに落ちる音がする。
「やだぁーー」私は情けない声を出してしまった。
「ダメよ。終わるまでジッとしてて」
母はそういうと、今度はバリカンを額にあてて、前から真ん中の髪をザザザザ…と刈りとってしまった

「あぁぁ…」思わず腑抜けたような声を出てしまった。
母は一旦スイッチを切って、切った髪を目の前の床に落とし、刈り終えた部分の頭を指で撫でながら言う。
「もう切っちゃったけどどうするの?」
(もうそこ切られたら短くするしかないじゃん)
私はケープに落ちた長い髪を指で拾い、涙を浮かべながら黙って首を縦に振る。

「大丈夫よ。きれいにするから」
母はバリカンのスイッチを入れると、再び前から頭頂部の髪を刈りはじまる。
ザーザーと音を立てて私の長い髪が奪い去られる。
時々、切られていない長い髪がバリカンに引っかかって痛い。
「ちょっと、痛い」と母に言っても
「美里ちゃんは我慢できてたわよ」とカットの手を止めない。
うつむき気味の私の目の前を刈られた大量の濡れた髪がボトボトと床に落ちていくのは見るだけで辛い。

こめかみあたりまで刈り終わると、横の髪が持ち上げられて、下からバリカンが入る。
「すごいわねーこんなに長い髪を切るのははじめて」
母はアタッチメントに引っかかる髪を指で摘んで喜んでいる。
「お手入れするのに時間がかかってたでしょう。でもその分の時間これからは勉強に回せるわよ」と私に話かけてくる。
ザーザーと左右の髪を刈り終わると、後ろの残った髪を刈っていく。
「香奈ちゃんは顔だけじゃなくて頭の形も綺麗なのね〜モデルさんみたいで羨ましいわ」頭の形が露わになるくらい短く切られているのかと思うと、ショックが大きい。
その頭の形を何度も確かめられるように、バリカンが何度も頭全体に当てられていく。
悲しいより恥ずかしい気分になる。

ここで一旦スイッチが切られた。
生まれて初めてバリカンで頭を刈られた。もう長い髪は残っていないはずだ。
どうなっているかは鏡がないのでわからない。
でも今触って確かめる勇気もない。
ただ、床一面に落ちたたくさんの長い髪の量を見れば自分の姿がすざまじい変貌を遂げていることがいやでもわかる。

名残り惜しむように落ちた髪を見ていたら
「切った髪はもういらないでしょ?汗かいてて臭うし、どうせゴミになっちゃうわ」といつもニオイを気にしている私に母は無情に言い放つ。

母はバリカンのアタッチメントを外し、櫛で長さを整えながらサイドと後ろの髪をかなり上の方まで刈り上げていく。
バサバサと短い髪が落ちていく。
私も美里と同じような髪型にされていると思うと無念でならない。
明日学校の友達が私を見たらなんというだろう。気になっている男子は私をどう思うだろう。美里みたいな髪型じゃ制服絶対似合わないだろうな。明後日の入学式であいさつをしないといけないのにこの頭じゃ恥ずかしい…etc。
いろいろと心配なことが頭に浮かぶ。

しかし…
「香奈ちゃんは頭の形が綺麗だし、たくさん汗をかくから恵子や美里ちゃんより短くしたわ」
私にとってさらにショックな言葉が追い討ちのように母から発しられる。
(美里たちよりも短いって…。一体私の髪はどうなったの?)
今すぐ鏡を見て確認したい。いや見たくない。
「ツーブロックは校則違反になるかもしれないからちゃんと仕上げなきゃね」
と、霧吹きでシュッシュと髪を濡らす。
もう濡らす髪もあまり残ってなくって直接水が地肌にかかる感触がするし、汗のように頭をつたって水が落ちてくる。

母はハサミを持ち出してすでに3センチしかないはずのトップの髪まで切り始める。
「もうそんなに切らなくていいですよ…」
私は力なくお母さんに懇願するが、
「よくないわ。女の子でも決まりは守らなきゃ」と念入りにハサミが入り、前髪までさらに切られてしまった。

「はいきれいにできたわよ」母はハサミを置いて両手で私の頭をグリグリと撫で回して髪を落とすとケープを取った。
「お母さんの真似なんかできないって言ってたけど、私と同じくらい短いかもしれないわ。でも香奈ちゃんも美人だからバズカットがよく似合うよ。」
(へっ…バズカットって…私…もしかして…ほぼ坊主ってこと?)
私はとっさに頭を両手で触って確かめた。
耳の周りにも、後ろ頭にも、こめかみにも、おでこにも、首筋にも、あれだけあった髪の毛が…
…本当にない。
ザラザラという嫌な手触りしかしない。
トップの髪と前髪も歯ブラシの毛のように短くなってる。
脱衣場の鏡を急いで見に行った。

「信じられない…何なのよこの頭〜」
思わず大声で叫んでしまった。
美里よりもっと短くて、トップの髪が2センチあるかの長めの坊主と言っていい髪型…だ…。
サイドの髪はこめかみの上あたりまでがっつりと刈り上げられ、ソフトモヒカンっぽく仕上げられていて、大きめの耳と頭の輪郭がくっきり浮き立っている。
後ろ頭を洗面台に置いてあった手鏡で映すと、映画で見た軍人みたいに上の方まで刈り上げられていて、つむじもはっきり見えるようになっている。
テニスで日に焼けた顔や首筋と比べると生まれてはじめて日の光を浴びることになった後頭部の地肌が極端に白い。
私はこの恥ずかしい髪型が隠せるか、洗濯カゴから汗まみれの白いテニスキャップを取り出して被ってみた。
髪がなくなったせいでキャップがブカブカになっている。
サイズを合わせて被りなおした。
しかしトップの部分が隠れてしまうことで、丸坊主の子のように見えてしまって余計に変だ。キャップの隙間からいつも出していた髪は当然なく、ザラザラの頭皮が見える。
「どうすりゃいいんだ…これ…格好悪いよ」

お風呂に入りシャンプーをしても髪を洗うという感覚がない。
頭のてっぺんに短い髪があるだけであとはザラザラの地肌を磨き上げているような感触だ。詰め替えたばかりのコンディショナーをつけてみたが意味がなさそうだ。
風呂から出て洗面所で髪をいじってみた。ジェルを使ってさっき母がやっていた様に残った髪で束感を作る髪型にしてみるとおしゃれになるけど学校ではできない。
美里じゃないが、この頭で学校に行くのは恥ずかしい…。

風呂から出てリビングを見ると、レジャーシートは取り払われていて、母は掃除機をかけていた。
部屋の隅には半透明のゴミ袋が置いてある。美里の髪も私の髪もゴミにされてしまったんだなとおもうと辛くなった。
部屋に戻ると美里がベッドに寝転がっていた。
私の変わり果てた姿を見ると美里は「お姉ちゃんの髪綺麗だったのに…」と泣いた。

次の日は、始業式だった。
こんなに短く刈り上げられた頭ではブラッシングもできない。
学校に行きたくないと泣いていた美里とは途中まで一緒に登校することにした。
バズカットでセーラー服の私。
美里は髪がなくなりぶかぶかになった黄色い校帽を被って頭を隠している。
途中、美里の友だちが後ろから走ってきて「あれ、美里ちゃん髪切ったの?」と聞いてきた。
美里は「うん。すごく短くなっちゃった」と元気なく答えている。
学校に着いて、帽子を脱いだらみんなの注目を集めて泣かないかなと心配になる。

でも、私はもっと大変だった。
校門の近くでテニス部の後輩と会った。昨日と激変している私を見て「どうしたんですか」とびっくりしている。
後輩だけじゃない。みんな私を見ると、びっくりした様子で二度見してくる。
クラス替えをしたばかりの教室に入るとクラスメイトもみんな「どうしたのその頭」と驚いていた。
自慢気に長い髪をなびかせていたのに、いきなりこんなに短くしてくれば当然の反応だろう。
私は「いや。母に散髪してもらって…」と答えるしかできない。
たぶん私もみんなも1週間もすると慣れるだろう。そう思うしかない。

次の日は入学式。
恵子さんといっしょに母が式に出席している。
私は生徒会長としてたくさんの新入生や保護者の前であいさつをしなければならない。
壇上に上がると、みんな私の頭に注目をしている。
恥ずかしくてたまらなかった。
後ろの方の席で母が嬉しそうに笑っていた。

※無料で作品を公開しています。
 この作品がいいと思ったらスキをクリックしてください。
 他の作品もぜひお読みください。
 フォロー、コメントもよろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?