見出し画像

断髪小説 旅立つ準備(本編)

小学校に入る前のこと。
私たちの家族は地震と津波で住むところを失った。
不幸中の幸いで全員が生き延びることができたけど、そこから長い避難所暮らしを余儀なくされた。
小さかったから当時のことはよく覚えていない。
寒いなか大きな鍋で温かい炊き出しのうどんを食べたり、大きなお風呂に入ったことは覚えている。
ボランティアや自衛隊の人たちがとっても優しかったこともだ。

結局、私たち家族はふるさとを離れて、今の温泉街に引っ越して今に至る。
両親とも転職をして慣れない土地で私を育ててくれた。本当に大変だったと思う。

高校に入って、本格的に将来を考えたとき、私も困った人の役に立てる仕事につくことを希望した。
下にきょうだいもいるし、大学に行くとお金がかかる。
毎日不規則な仕事で大変そうな親を見ていると、早く社会に出て働いた方がいいと考え、それで私は自衛官になることを決めた。

選考試験を無事合格をして、4月にむかって準備を始める。
訓練は厳しいと聞くけど、バスケットボールで鍛えてきた体力には自信があるから、むしろ私はワクワクしている。

周りの友だちの進路も決まり、残された約1ヶ月はとりあえず自由に遊んだ。
カラオケに行ったり、夜行バスで遊園地に行ったり、あと両親と生まれ故郷の町にも出かけた。
なんとなく覚えている被災していた町は見事に復興していた。
お父さんの友だちらしいおじさんが私を見て「おーメイちゃんかー大きくなったなー」とうれしそうに頭を撫でてきた。
4月から自衛官になることを父が話すと、おじさんはとても喜んでくれてなんだか誇らしかった。

時は経ち、もうすぐ卒業式だ。
私にはもう一つ社会に出るためにする準備がある。
長年親しんだこの長い髪を切ることだ。
小さな頃から私はずっと髪を伸ばしてきた。
強いこだわりがあったわけじゃなくて、シンプルにこの髪型が楽だったからだ。
美容院に行くこともほとんどなくて、毛先を揃えるくらいは「節約だから」と母親がやってくれていた。

肩下10センチくらいの髪を私はいつも後ろ頭の真ん中あたりの高さでポニーテールにしていた。
仲のいいカナは私のポニーテールが大のお気に入りだ。
私の後ろで揺れる髪をいつも楽しそうに眺めては「かわいい」って褒めてくれた。
だけど、この髪ともお別れだ。

卒業式を間近に控えた土曜日の朝。
バイトは夕方からだから朝寝坊して起きたら、お父さんが
「おい。お前そろそろ散髪に行っとけよ」と私に言ってきた。

「えー卒業式が終わってからじゃダメかなぁ」
「卒業式が終わったらすぐに寮に入らなきゃダメだろ。早く散髪に行っとかなきゃダメだぞ。もうアルバムの写真とかも撮ってるんだし今日バイト行く前に髪切りに行っとけ」と言われた。

仕方ない髪切りに行くかぁ…
「わかったからお金ちょうだい」とお父さんに言うと

「おう。お金な。そうそう。今日は美容室じゃなくて、お父さんが行ってるトオヤマさんのとこに行って顔剃りとかしてもらっとけ」と、5,000円札と一緒に言葉をかけられた。

トオヤマさんのとことは父がいつも通っている理髪店のこと。
温泉街のなかにあるこぎれいな店で、親子で店をやっているらしい。
「えー床屋かー」と少し嫌そうな声で答えたけど、本心はそんなに嫌じゃない。
どうせ短く髪を切らなきゃいけないし、これからは厳しい訓練もある。
覚悟を決める意味でもそれでいいと思った。

お父さんが電話をしてくれて、11時から予約をしてくれた。
私はいつものように髪をポニーテールにして出かける準備を始めた。

やがて時間になり、少し肌寒いから春用の白いコートを着て、トートバッグの中には財布と普段はあまり被らないキャップを入れて歩いてトオヤマさんの店まで出かけた。
アーケード街に入ると冷たい風が弱まり、お土産物屋にはすでにお客さんが集まりはじめている。
土曜日の朝でも最近は卒業旅行の若い人や外国人のお客さんがいて意外にも賑わっている。

アーケード街の端の方に目的地のトオヤマさんの理容室がある。
赤青白のサインポールがガタガタと小さい音を立てて回っている。
入り口の重いドアをガタンと開けると、おじさんと多分娘さんであろうスポーツ刈りのように髪を短くしている若い女の人が白い制服を着て待っていた。

「いらっしゃい。あなたがメイさんかな」

予約の時間よりちょっと早かったけど、さっそく散髪の準備が始められた。
荷物とコートを渡すと黒くて大き目の散髪椅子に座るように促される。

椅子に座ると娘さんが私の後ろに立ってタオルを首にかけて、ケープを巻きながら

「自衛官になるんだってね。お父さんがすごく喜んでたわよ。耳出しのショートにするんだろうけど、トップや前髪はどれくらい切ればいいかなぁ」
と聞いてきた。

鏡越しで見る女の人は薄化粧だし、髪を思いっきり短くしているのに、とても綺麗だ。
中途半端な長さよりも彼女のように思いっきり短くした方がいいかも。どうせこれからは厳しい訓練の毎日だし…。

「あの。お姉さんくらいの長さにしてください」と私は口を開いた。

「わかったわ。メイちゃんは顔もくっきりしているから似合うと思うけど、一応確認させてね」

そういうと、お姉さんは「お父さん。ちょっと頭の形確認して」とおじさんを呼んだ。
おじさんは私のポニーテールを解いて、手のひらで頭の形を確認したり、櫛で髪を整えながら髪の生え方を確認して

「うん。大丈夫だろう」と言った。
確認が終わると女の人が再び私の散髪の準備を進めていく。
首に大きなケープが巻かれて、緑のネックシャッターがその上に巻かれ、鏡の前に櫛やハサミが並べられた。
そして髪が櫛で梳かれていく。
肩の下まである前髪も作っていない長い髪を後ろに流しながら

「せっかくだから、記念に髪を持って帰る?」と聞かれた。

「はい」
どっちでもよかったけど、思わず返事を口にすると、さっき外されたヘアゴムでさっきと同じようにポニーテールが作られた。

(そういえば、最後のポニーテールかぁ…)
ちょっと感慨深くなって、この姿を見納めにしようと思っていたら、後ろで

ジョキジョキジョキ… ジョキジョキジョキ…
  ジョキジョキジョキ…ジョキジョキジョキ…

大きな音と一緒に、あっという間にポニーテールが切り離されて、顎下くらいの長さのおかっぱ頭に変貌した鏡の中の私。

鏡の前に切り離されたばかりの私の髪が置かれた。
私の後ろでいつも揺れていたポニーテール。あたり前だけどこれまで直接見たことはなかった。
カナがいつも「メイのポニーテールが好きすぎる」と言っていたけど、こんなだったんだって考えると少し淋しい気分になる。

「大丈夫?」
お姉さんは私に聞いてきたけど、「はい。大丈夫です」と答えると粛々と次の作業に取り掛かる。

霧吹きで私の髪を根本から濡らして、髪を整え直して、櫛で私の前髪を持ち上げて指に挟むと
ジョキジョキジョキ…
 ジョキジョキジョキ…
とテンポよく切り始めた。

ボサボサっと、目の前のケープや床に髪が落ちてあっという間に私の髪が短くなっていく。

ジョキジョキジョキ…
 ジョキジョキジョキ…

お姉さんのハサミは止まらない。

ジョキジョキジョキ…
 ジョキジョキジョキ…

いつも後ろに引っ詰めるようにポニーテールにしていたから、前髪がない耳周りも髪がない自分の姿は見慣れていたはずだ。
だけど、こんなに髪を短くされたら、なんというか恥ずかしい気持ちになっていく。

ジョキジョキジョキ…
 ジョキジョキジョキ…

濡れた髪がどんどん床に落ちていき、あっという間にベリーショートになった私。
耳周りの髪もほとんどなくなってしまった。

「バリカン使っていい?」
大きめのハサミを鏡の前に置くと、お姉さんは私に確認をしてきた。

「はい」覚悟はできている。ここからはお姉さんに任せていく。
お姉さんは後ろの棚かた黒い大きなバリカンを取り出して、カチャカチャと刃をはめ込むと、コンセントを椅子の下に差し込んでカチッとスイッチを入れた

ヒュィーーーーン
店中に大きな音が響く。

そして、バリカンがもみあげにピタッっと張り付いた。
金属の板があたる感触が耳の周りから首の周りを一周していく。
バリカンはそんなに上まで刈り上げず、耳の上あたり数センチの髪を刈り取ってスイッチが切られた。

だけど、すごく変な感じがする。
耳の周りに髪がないってこんなにスースーするんだって、お姉さんがバリカンを後ろに戻している間、首を左右に傾げながらその感覚をちょっと楽しんだ。

椅子の高さが低く調整をされて、そこからお姉さんはさらに私の髪を短く切っていく。
再度霧吹きで髪を濡らされて、刈り上げた耳周りから上に上にどんどんハサミで刈り上げられていく。
後ろ頭も反対側の髪も…
耳も顔の輪郭も首筋も全部露わになって、私の姿は変貌を遂げていく。

こんなに髪が短くなっちゃったらやっぱり恥ずかしいかもって、ドキドキが止まらない。不安というよりも、なんかすごい興奮してきて頭がカーッとのぼせるような不思議な気分だ。
前髪やトップの髪もザクザクと短くされていく。
お姉さんの細い指のから少しはみ出るくらいの短さに切り揃えられていくと前髪はチョロリとおでこの前に垂れ下がる程度。トップの髪も立ち上がるほど短い。

「あんまり短すぎると、スタイリングできなくなるから、私よりは長めに残しておくわよ」これだけ短く髪を切っておいて、お姉さんは「長めに残しておく」って言ってる…。

やがてお姉さんは縦にハサミを入れて若干髪をすくように仕上げると

「確認お願いします」と、おじさんを呼んだ。

おじさんはハサミと櫛をお姉さんから受け取ると、何ヶ所か首のあたりと前髪をチョキチョキと簡単に切って

「いいよ」とお姉さんに言った。

お姉さんは後ろから鏡を持ってきて
「後ろはこんな感じだけどいいかな」と確認をしてきた。
そこにはいつもあったはずのポニーテールはなく、下半分は地肌が見えるくらいに青白く刈り上げられた、新しい私の姿があった。

「はい。大丈夫です…」
何が大丈夫かわからないけど、思わずそんな言葉が出ちゃう私。

ケープが取られると、普段着を着た長めのスポーツ刈りにした自分の姿があまりにも激変していて、見慣れなくて、大丈夫かなぁって不安とドキドキが止まらない。

鏡の前に置いてあるポニーテールはもう二度とくっつかない。
お姉さんが顔剃りの準備を始め、おじさんが私から落ちた髪をホウキで集めている間、私はオドオドと鏡と睨めっこを続けるのだった。

顔剃りとシャンプーが終わって、最後にドライヤーを使って髪が仕上げられていく。
とはいえ、これまでみたいにコームでサラサラに髪をスタイリングされるわけでもなく、手のひらでガサガサとトップの髪を擦るように乾かされたあとは、硬い櫛で髪の流れを後ろに流すように整えられていくだけ。

お姉さんが「ワックスかムースをつけようか」と提案してきたので
「はい」と答えると、ムースがトップの髪に付けられて少しふんわりとした仕上がりになった。

「お疲れ様でしたー」

肩に置かれていたタオルも外されて全ての作業が終了した。
ムースです仕上げられたばかりのすっかり短くなった前髪からトップのあたりを恐る恐る触ってみる。

「あれっ?あれっ?」
今までと全然違う髪がない自分にとにかく戸惑いが隠せない。
耳周りや首周りはジョリジョリとした触り心地で気持ちいいんだけど、到底自分の頭の感覚だってちょっと理解できない。
そして、とにかく頭が軽い。
いつものポニーテールはもうなくなってしまったのだ。

ジョリジョリする後ろ頭を触りながら、そう実感すると急に後悔の気持ちが襲ってきて、辛くなった。

「大丈夫?」お姉さんが私の気持ちを察してか、声をかけてきた。
「髪の毛を持って帰れるように袋持ってくるから、ちょっとそこに座って待ってて」
お姉さんはそういうと奥の部屋に入っていった。

しばらくスマホを見ながら待っていると、お姉さんがキレイな紙袋と小さなビニールの袋に入れたアクセサリーを持って店に出てきた。

「髪はこの袋に入れたからね。あと、このネックレスとかあげるから持って帰って」

「えっいいんですか?いただいて」

「いいのよ。高いものじゃないし、私が若い時に買ってあんまり使わないで置きっぱなしだったものだから」

私はいただいた金の鎖のネックレスを取り出して試しに付けてみた。
長い髪がなくなったのでネックレスは首周りにとてもよく映える。

「私もさ。去年までここまで髪を伸ばしてたんだけど、このお店で働くってなったらお父さんに切られちゃってさ」お姉さんはおへそあたりを指さしている。
「そうなんですか?」と尋ねるように答えると、お姉さんはうれしそうにスマホを持ってきて
「これっ見て?」と私に待ち受け画面を見せてきた。
そこにはおへそのあたりまで伸びた茶髪の派手なお姉さんの姿。
今のスポーツ刈りにしたお姉さんとは似ても似つかぬ格好だ。

へえ、お姉さんもあんなに髪が長かったのに切ったんだと思うと、急に親近感が湧いて安心した。

「若いし、その髪型もよく似合ってるから自信を持って頑張ってね。またお店に来たらカットしてあげるからね」
お姉さんは優しく私を送り出してくれた。

お店を出て、再びアーケード街を歩く私。
1時間ほどしか経ってないけど、お昼ご飯どきになって街はだいぶ賑やかになっている。
外に出て歩き出すと、頭の周りがスースーして涼しいし気持ちがいい。
アーケードを出ると、さらに冷たい風が頭に吹き付けてきて、斬新な感覚にしばらく酔いしれてしまう。
あっとそういえば帽子持ってきたけど被っていなかったな。
だけども、もういいや。

この髪型で私は社会に旅立つんだ。

そう思うと髪を切った寂しさなんかあっという間にふっきれてしまった。
首筋にはお姉さんからもらったネックレスを付けている。
自分で稼いでお金を貯めたら、おしゃれも楽しもう。

⭐︎いつもお読みいただきありがとうございます。
 先日アップした短編小説の本編になる作品です。
 この作品を気に入っていただけたなら「スキ」のクリック、シェアなどをお願いします。この作品の世界は「父の散髪」とつながっています。読んでいない人はぜひ他の過去作品含めて読んでみてください。
 もうすぐPV数が20万に届きます。
 次回作品は4月の新月前後か20万PVに届いた段階で公開します。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?