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短編小説 旅立つ準備

いつもと同じ電車に乗って
そこからいつもと同じ道を歩いた3年間
電車の中の風景も街並みもそんなに変わらないように見える
だけどこの風景ももう見納め

今日は卒業式前の最後の登校日
最近は自由登校日ばかりだったが、今日はクラスメイトが全員集まる日だ
私はいつもの電車を使って改札を出て学校に向かって歩きだす
前後を歩く友だちもいつも同じ
歩くのが早い私はいつも校門の近くで仲良しのメイに追いつくことになる

歩くたびにポニーテールが左右にユサユサと振り子のように踊るメイの後ろ姿が好きだ
バスケ部でみんなより肩ひとつぶん背の高いメイの頭から垂れ下がって揺れる長いポニーテール
私は目の前に猫じゃらしをゆらされるネコのように魅了されてしまう

「おはよう」と声をかける前に少しの間、メイの後ろを歩いて声をかけるのがルーティン
おそらくそれも今日で最後だろう
私はいつものように前を歩く人を抜き去って、メイに追いつくために歩く、歩く

だけど、いつものポニーテールが見つからない
あれ?おかしいな
気がつくと目の前に周りの人より背が高くて、見慣れない短髪の女子が歩いていた

(えっ?)

さらに近づいていく
彼女の背負う黒いリュックサックにはバスケットボールの形をした手作りのお守りが揺れている

(やっぱりメイなの?)

頭の後ろに長い髪はなくて、白い首がワイシャツから長く伸びている
後頭部も耳の周りも思いっきり刈り上げられていて、首に近い部分は地肌が見えるくらいまで短い

衝撃的なメイの後ろ姿
びっくりして「おはよう」っていつものように声がかけられない

メイは私の気配に気づいていた

「あーおはよう」

振り向いて声をかけてきたメイの姿に私はさらに衝撃を受ける。
長い前髪をおでこ全開のオールバックにして後ろに束ねていたメイと違って、短い前髪がおでこの途中にチョロリと残った超ベリーショートの姿
トップの髪もどうしたって思うくらい短くて、ツンツンと立たせている

ワンテンポ遅れたが「どーしたのその髪はー?」と私はようやくメイに話かけることができた

「あーこの頭?私卒業したらすぐに自衛隊に行くでしょ?さっさと準備しとけって親に言われてさー。一昨日切っちゃった」

ああそうだった。昔メイは大きな災害にあってこの場所に引越してきた
命を守る仕事をしたいからと卒業したら自衛官になることが決まっていたのだ

「もう私メイのポニーテールを最後に見たかったのにー」と声をかけると
「残念だったねー。あーでも髪記念にとってあるから寂しいならあげようか?」
「なにそれーやだー」

などと冗談を言いあいながら校門をくぐる
学校に入ると縦に長かった人の波が徐々に固まりになるように集まっていく
メイと私の周りに、さらにいつものメンバーが加わって騒がしくなっていく
超ベリーショートになったメイはいつも以上にみんなから注目をされてちょっと恥ずかしそうだ

こんな日常も今日と明日で終わりだ
4月から私は東京で一人暮らし
みんなもそれぞれの道を歩いていくことになる
ひと足先に髪を切り、その準備をしたメイを見て感傷的になったのはきっと私だけじゃないだろう

※卒業式のシーズンですね
 断髪シーンはありませんが、こんな風景なかったかなぁっていう感じでごく短い作品を作って見ました。お読みください。
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