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SynthV AI版「可不」は中の人っぽすぎて発売延期らしい(謎)

一体何を言ってるんだ。

みなさんこんにちは。くろ州です。先日、神椿さんが「Synthesizer V AI 可不の発売を延期する」というリリースを出しました。

理由は「本人そのものになるのは避けたいから」らしい。

これに対してX(旧Twitter)では「AI技術すげぇ。そういうことになるんか」といった反応が見られるのだが、背景知識があればちょっと見方が変わってくる。

SynthV AIは「AI技術を活用して本人らしい歌声を合成するソフト」だからだ。そんなもん「SynthV AI 可不を作る」って話になった時点で本人そのものになるのは確定路線ではないかと。「泥遊びをしたら手が泥だらけになる」のと同じくらい自明じゃないか。

本人そのものになるのを避けるならそもそもSynthVを選ぶのが間違っている。UTAUを選べ。手が泥だらけになるのが嫌なら泥遊び以外の遊びをしろ。

じゃあ、中の人である花譜さんが悪いんかといわれればそうでもなさそう。ちょっと掘り下げてみよう。

リリースを読む

いったんリリースを読んでみよう。

・発売を延期する
・SynthV AIの歌声は本人と見分けがつかなくてすごい
・花譜さんの意向も踏まえて「本人そのもの」にならないようにした
・スタッフも本人も合意してリリース日を確定した
・YouTubeにデモとして「フォニイ」カバーを出した
・「違和感がある」として本人からリリース再考をお願いされた
・数カ月かけて調整を重ねている
・今後も調整を続けるが、最悪リリースできない可能性もある

デモソングを聞く

では問題のデモソングを聞いてみよう。

まぁ本人っぽさは確かに高いだろう。

このデモは公開当初も一部で「なぜケロらせたのか」とか言われて話題になってたりもする(デモとして不適切では?という考えもあると思うが、個人的にはケロらせることで音楽としてクオリティが上がったように聞こえないので普通に微妙だと思った。言語化しにくいが、上手なケロらせではないように思うし、SynthVの良さを捨てているようにも感じるが、今回の議論には関係ないので無視してくれていい)。

普通に考えて

リリースを見ると花譜さんがわがまま言ってるようにも見えるんだが、普通に考えて、プロジェクトの企画時に以下のようなやりとりがあれば防げた気がする。

スタッフ「AI技術で中の人っぽい歌声を合成できるSynthV AI用の音源を作りたい」
花譜さん「本人そのものに聞こえるんならちょっと」
スタッフ「そっか~~」

これでいいはず。「手が泥だらけになる泥遊びをしたい」「泥だらけになるのはちょっと」「そっか~~」ってだけ。

ビジネス的に考えて、製品リリース直前に全部ひっくり返るような意見が出てくるなんてリスクが高すぎるんだから、そんなことが実際に起きるんだったらプロジェクトの進め方がまずい。

ひっくり返ってもまぁ許せるかなくらいのときにひっくり返ってくれた方がいい。

子育てしたことある人なら分かると思うけど、泥遊びをしようとして、家を出る段階でだるくなってやめるのと、一通り泥遊びして泥だらけになった後でやめるのとだったらどっちがましかっていったら、金銭的にも心情的にも当然前者なわけで。

ここで、前提知識がない人なら「最終段階になって、やっと中の人っぽさの許容量を超えちゃったのでは?」と考えることもできるだろう。実際それもあり得るかもしれない(実際には、SynthV AIが開発段階ではあんまり中の人っぽくないっていう可能性はほぼなさそうだけども)。

でも前提知識があると見方が変わるかもしれない。

2回目なんだ

実は、これとおんなじことが昔あったんだな。

もう4年近く前になるんだけど、神椿は「CeVIO AI 可不」を作っていた。CeVIO AIもSynthV AIと同様、AI技術を活用して中の人っぽい歌声を合成するソフト。このとき、神椿はTwitterで開発中の音声を3パターン公開して「A、B、Cどれがいい?」ってアンケートを出した。

Aは中の人にかなり近い声、Bは歌い方は近いけど声質が違う感じ、Cは謎にケロってる声だった。

アンケート結果はAが多かったんだけど、最終的には花譜さんの意見を尊重してBが製品版として発売されることになった。

そのときの花譜さんのコメントがこちら。

……全く同じことを言ってる。

私は普通にAの方がクオリティが高いと思ったけど、実際「中の人と同じなら意味なくね」って気持ちは全然わかる。そもそも中の人の意向を無視しないってのもいいことだろう。

でも、じゃあSynthV AI版を作るときにはこの点慎重になってしかるべきだろうと。なぜ今になって同じことを言ってるんだ。回避しなよって話で。

企画段階で「CeVIO AI 可不より中の人っぽくなる可能性がある」ってのは当然伝えられるはず。私はCeVIO AIにも思い入れがあって悪く言いたくはないけど、どう考えてもSynthV AIの方が音はいい。

そうじゃなくてもCeVIO AI 可不は意図的に中の人っぽさからずらすようにしてるんだから、論理的に考えて「CeVIO AI 可不より中の人っぽくなる可能性がある」なんてのは最初から絶対に分かってたはず。

前に「泥遊びしたら手が泥だらけになるけど、それは嫌だった」って思い出があるんなら、次に例えばピッカピカの泥団子を作るってなったときは「前泥遊びしたときと一緒で今回も手に泥つくけどいいの?」って聞くじゃん。そしたら「じゃあやめて他の遊びを考えよう」ってなるじゃん。それだけでいいのに。

可能性はいっぱいある。「ピッカピカの泥団子を作っても手は汚れないとウソをついていた」「手が汚れる可能性を秘匿した」「手が汚れることは分かるだろうから伝えなかった」「手が汚れるのは分かってたけどやらせたいからごり押した」「手が汚れるけどいいかと聞いてやったらあとから手が汚れたと文句を言われた」「たいして汚れないと思っていたら結構汚れることが分かった」「汚れてないつもりだったけど他から見たら汚れてた」

私は関係者じゃないから実際のところは知らないし、このうちのどれなのかによって話は結構変わってくるんだけど、いずれにしてもこれは芸術的なブラッシュアップのプロセスではない。コミュニケーションエラーでしょう。「より良いものを作るために頑張ります」って話にみえて、まったくそういう話ではない。

いやでも、そこまで似てないかな〜って思ってデモ出したら「めっちゃ花譜!」って言われて「そう…なのか?」ってなったんなら話は別か。この可能性も結構ありそう。

頑張ってくれ。リリースされたら多分ちゃんと喜ばれるものになるんだ。プロモーションはめっちゃうまいんだ神椿。名曲も生まれるんだ。だからしっかりしてくれ。

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